会社が負う責任と安全配慮義務
はじめに
「会社には労働者を危険から守る義務がある」こう聞くと当たり前のように思えますが、実際にはどこまでが会社の責任で、どこからが労働者の自己責任なのか、はっきりせずにトラブルになることが少なくありません。
日本の法律や判例は、会社(使用者)が労働者に対して安全配慮義務を負っていることを明確に認めています。危険な作業環境を放置したり、長時間労働による過労を黙認したりすれば、労災事故発生時に会社は重い法的責任を追及される可能性が高いのです。
本記事では、会社が負う責任と安全配慮義務の具体的内容、そして実務上の注意点や万が一事故が起きた場合の対処法などを解説します。労災事故から労働者を守るために欠かせない制度設計ですので、被災者はもちろん、企業側としても正しい理解が必要です。
Q&A
安全配慮義務とは具体的に何ですか?
会社が労働者に対して「安全かつ健康に働けるよう必要な配慮をする義務」のことです。職場での危険防止策、適切な労働時間管理、メンタルヘルス対策などが含まれます。これを怠った結果労災が起きれば、会社に損害賠償責任が生じる場合があります。
会社が負う責任にはどんな種類がありますか?
主に「民事上の損害賠償責任」「行政処分(労基署からの是正勧告・罰則)」「刑事責任(罰金刑や懲役刑)」の3つが考えられます。労働基準法や労働安全衛生法に違反すれば、会社や経営陣が処罰される可能性もあります。
長時間労働による過労死も安全配慮義務違反?
はい。過重労働を放置していたり、健康管理を怠っていたりすれば「安全配慮義務違反」とみなされる可能性があります。長時間残業や休日なしの勤務が続き、脳・心臓疾患や自殺に至った場合、会社に法的責任が及ぶケースが増えています。
労働者にも自己責任はあるのでは?
確かに、労働者側が明らかに注意義務を怠ったり危険行為を行った場合、過失相殺が行われることがあります。しかし、根本的な安全対策や作業手順の作成、教育などは会社の責任範囲とされるのが一般的です。
会社が「従業員が勝手にやった」と主張する場合はどうなる?
使用者としての支配・管理が及ぶ範囲内であれば、会社は労働者の行動を予見・防止する義務があります。「勝手な行動」と言い逃れても、適切な指示・監督を怠っていれば責任を免れにくいでしょう。
解説
安全配慮義務の根拠
労働契約法・労働基準法・判例
日本の法律や裁判例は、会社が従業員に対して安全な労働環境を提供する義務を負っていると解釈しています。
- 労働契約法 第5条
使用者は労働契約に伴い、労働者の生命・身体等の安全に配慮するよう義務づけられている。 - 労働基準法
労働条件や労働時間の規定を通じ、過労死や事故の発生を防ぐ役割を担う。 - 判例(安全配慮義務判決)
高度成長期以降、多くの判例で「会社は労働者が安全に働けるよう配慮すべき」という立場が確立している。
労働安全衛生法の具体的対策
労働安全衛生法はさらに詳細に「事業者がとるべき措置」や「管理者の選任」「安全衛生教育の義務」などを定めます。
- 安全管理者・衛生管理者の設置
- リスクアセスメントの実施
- メンタルヘルス対策(ストレスチェック)
これらはすべて安全配慮義務の実践的手段であり、違反すれば労災事故発生時に会社の責任を問われやすくなります。
会社が負う責任の種類
民事上の損害賠償責任
労災事故によって労働者がケガや病気を負い、経済的・精神的被害を受けた場合、会社が安全配慮義務違反をしたと認められれば、損害賠償請求をされる可能性があります。
- 慰謝料
精神的苦痛への補償 - 逸失利益
将来得られたはずの収入の一部 - 治療費・入院費
労災保険でカバーしきれない部分
などが対象になります。
行政処分(労働基準監督署の監督)
会社が労働基準法や労働安全衛生法に違反している場合、労働基準監督署が立ち入り調査や是正勧告を行い、改善命令に従わないと書類送検(刑事処分)される可能性があります。
- 是正勧告
改善すべき点を指摘。 - 送検・罰則
重大な労災事故や悪質な違反の場合、50万円以下の罰金や6か月以下の懲役など刑事罰が科されるケースも。
刑事責任
悪質な安全配慮義務違反によって死亡事故などの重大労災が発生した場合、経営者や現場責任者が「業務上過失致死傷罪」に問われる場合があります。過失責任が重いとされれば、罰金刑だけでなく懲役刑が科される事例もあります。
安全配慮義務の具体例
危険作業の安全対策
- 保護具の支給・着用義務(ヘルメット、保護メガネ、安全帯など)
- 機械の安全装置の設置(プレス機、フォークリフトなど)
- 作業手順書の作成・順守
- 適切な教育・訓練の実施
作業環境の整備
- 転倒や落下の防止策(足場の確保、手すりの設置など)
- 化学物質・有害物質の適切管理
- 換気設備や騒音対策
労働時間管理・健康診断
- 残業時間の管理(過労防止)
- 年次有給休暇の取得推進
- 定期健康診断やストレスチェックの実施
- 長時間労働が発覚した場合の産業医面談
メンタルヘルス・ハラスメント防止
- 職場のハラスメント対策(相談窓口、啓発活動)
- ストレスチェック制度の活用
- 過重労働による精神疾患を予防する措置
安全配慮義務違反と労災事故
過失相殺
労災事故で会社の安全配慮義務違反が認められる場合でも、労働者側にも重大な過失(危険行為、ルール違反など)があるときは、賠償額が減額されることがあります。
ただし、職場の安全管理が不十分だったり、危険作業をやむを得ず行わされていたりする場合は、会社の過失が優先的に問われる傾向にあります。
過労死・過労自殺
長時間労働やパワハラが放置され、労働者が精神疾患や過労死に至った場合、会社の責任は非常に重くなります。労働基準監督署が労災認定すれば会社には民事・刑事の両面で大きなリスクが発生しますし、被災者遺族が損害賠償請求を提起することも珍しくありません。
ハラスメントと安全配慮義務
セクハラ・パワハラなどのハラスメント行為によって心身の不調を来した場合も、会社が放置していれば安全配慮義務違反となり得ます。加害者個人の責任にとどまらず、管理職や企業全体としての監督責任が問われるのです。
会社が取るべき対策と労働者の行動
- リスクアセスメント
職場で発生しうる危険を洗い出し、対策を計画・実施。 - 教育・訓練
新入社員や派遣労働者に対しても、安全手順を周知徹底。 - 労働時間管理の徹底
タイムカードやITシステムで正確に記録し、超過勤務を早期に把握。 - ハラスメント対策
相談窓口や外部通報制度を整備し、加害者に適切な処分を行う。 - 労働者側の対応
危険を感じたら、まずは会社に改善を求める。改善が見込めなければ労基署や弁護士に相談する。
弁護士に相談するメリット
- 会社の法的責任を明確化
安全配慮義務違反が疑われる場合、どこが具体的に違反なのか、判例や法令を踏まえて整理し、会社に説明・追及が可能です。 - 証拠収集や事実関係の整理
現場写真、作業マニュアル、残業記録、診断書など多岐にわたる証拠の収集が必要です。弁護士のサポートを受けると効率的に書類を揃えられ、漏れを防げます。 - 会社との示談交渉・訴訟対応
会社が責任を否定する場合、示談交渉や裁判を経ることがあります。弁護士なら代理人として交渉や法廷での主張を担い、被災者の負担を減らしてくれます。 - 労災保険との併用
労災保険で補償される部分と、会社に対して請求できる損害賠償(逸失利益・慰謝料など)との調整が必要となる場合があります。弁護士なら二重取りや不足が生じないよう適切にアドバイス可能です。 - スピーディーな解決と精神的ケア
早い段階で専門家に相談すれば、証拠散逸や時間のロスを防ぎ、スムーズに解決しやすくなります。被災者が治療や復帰準備に専念できるのも大きなメリットです。
まとめ
会社が労働者に対して負う安全配慮義務は、単なる形式的なルールではなく、実際の作業現場で人命や健康を守るための最重要事項です。これを怠れば、会社は民事・行政・刑事の多方面で責任を追及される可能性があります。
とくに、過労死や過労自殺が社会問題化した昨今では、長時間労働の管理やメンタルヘルス対策も安全配慮義務の一環として重視されるようになりました。ハラスメントや不十分な安全教育を放置しているような会社も要注意です。
もし労災事故が起きてしまったら、まずは労災保険の手続きを進めるとともに、会社の過失が疑われるような事情があるなら、専門家に相談することで、損害賠償など十分な補償を得られる可能性が高まります。自分の命や健康を守るためにも、「会社が悪いんじゃないか」と思った場合にはご相談をご検討ください。
- 本稿は2024年12月現在の法律と運用を基に作成しています。ケースごとに結論が異なることもあるため、実際の事案については弁護士や専門家への相談をおすすめいたします。
解説動画のご紹介
労働災害でお悩みの方に向けて、労働災害に関して解説した動画をYoutubeチャンネルで公開しています。
「安全配慮義務とは具体的に何をすればいいの?」「会社が責任を認めないときはどうする?」といった実務的な疑問にお答えしています。ぜひご覧いただき、チャンネル登録もあわせてご検討ください。