労災保険と健康保険の違いは?健康保険を使ってしまった場合の対処法
はじめに
仕事中に機械で手を切ってしまった、通勤途中に駅の階段で転んでしまった。そんなとき、急いで病院に駆け込み、受付でいつもの癖で「健康保険証」を提示してしまった、という経験をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。
病院の窓口で「このお怪我は、お仕事中(通勤中)のものですか?」と確認されるのには、実は非常に重要な理由があります。
結論から申し上げますと、仕事や通勤が原因で発生した怪我や病気(=労働災害)の治療には、健康保険を使うことはできません。 このような場合には、「労災保険」という、別の制度を利用するのが正しいルールです。
この記事では、なぜ労災に健康保険が使えないのか、労災保険と健康保険の根本的な違い、そして、もし間違えて健康保険を使ってしまった場合の具体的な対処法について、分かりやすく解説していきます。正しい知識を身につけ、ご自身の不利益にならないよう、適切な手続きを進めましょう。
原則:業務・通勤災害に「健康保険」は使えません
まず、この原則をしっかりと覚えておきましょう。なぜなら、健康保険法という法律で、「他の法令(労災保険法など)によって国の給付を受けられるときは、健康保険の給付は行わない」と明確に定められているからです。
これは、労災保険と健康保険が、その目的や財源、運営主体が異なる、別々の公的保険制度であるためです。両者の違いを比較すると、その理由がよくわかります。
比較項目 |
労災保険 |
健康保険 |
目的 |
業務・通勤を原因とする災害からの労働者保護 |
業務外の事由による病気や怪我への備え |
対象 |
労働災害(業務災害・通勤災害) |
私生活での病気や怪我、出産など |
運営主体 |
政府(厚生労働省) |
全国健康保険協会(協会けんぽ)、健康保険組合など |
保険料の負担 |
全額を事業主(会社)が負担 |
事業主(会社)と労働者で半分ずつ負担(労使折半) |
治療費の自己負担 |
原則0円(労災指定病院の場合) |
原則3割(年齢や所得により異なる) |
休業時の補償 |
休業(補償)給付(給付基礎日額の約8割) |
傷病手当金(標準報酬月額の約2/3) |
このように、労災保険は「仕事に関わるリスク」に、健康保険は「私生活に関わるリスク」に、それぞれ備えるための制度であり、担当する範囲が明確に分かれているのです。
なぜ労災保険を優先すべき?
労働者にとっての3つのメリット
「どちらを使っても同じでは?」と思うかもしれませんが、労働災害に遭われた労働者にとっては、健康保険ではなく労災保険を使うべき、明確なメリットがあります。
治療費の自己負担がゼロになる
労災保険指定医療機関で治療を受ければ、窓口での支払いが一切不要になります。診察料、薬代、手術費用、入院費用など、治療にかかる費用はすべて労災保険から直接医療機関に支払われるため、一時的に立て替える必要すらありません。健康保険の3割負担と比べ、経済的な心配なく治療に専念できるのは大きなメリットです。
補償内容が手厚い
労災保険は、治療費だけでなく、その後の生活を支える補償も健康保険より手厚くなっています。
- 休業補償
休業(補償)給付は、休業4日目から給料の約8割が支給されます。これは健康保険の傷病手当金(約6割7分)よりも高額です。 - 給付期間
労災保険の休業補償や療養(治療)には、原則として期間の上限がありません。症状が続く限り補償を受けられます(健康保険の傷病手当金は最長1年6ヶ月)。 - 後遺障害への補償
万が一、治療を続けても完治せず、後遺障害が残ってしまった場合、その障害の程度に応じて「障害(補償)給付」として年金または一時金が支給されます。これは健康保険にはない、労災保険独自の非常に重要な補償です。
会社の安全管理責任を問い、再発防止につながる
業務災害で労災保険を適切に利用することは、その災害が会社の管理下で起きたことを公的に記録することにもなります。これにより、会社に対して安全配慮義務の重要性を再認識させ、職場環境の改善や再発防止策を講じるきっかけとなる可能性があります。
【重要】間違えて健康保険を使ってしまった場合の対処法
もし、あなたが既に健康保険証を使って治療を受けてしまったとしても、焦る必要はありません。正しい手順を踏めば、労災保険への切り替えは可能です。速やかに行動することが大切です。
【STEP 1】会社と医療機関に、すぐに連絡する
まずは、以下の2か所に連絡をしてください。
- 会社
人事や総務の担当者に、「先日治療を受けた怪我は、仕事中(通勤中)のものだったので、労災保険の手続きを進めたい」と伝えます。 - 医療機関
治療を受けた病院や薬局に電話し、「先日、健康保険証を使いましたが、労災事故によるものだったので、労災保険に切り替えたい」と伝えます。
【STEP 2】医療機関の指示に従い、医療費を精算する
医療機関に連絡した後、医療費の精算方法は、主に以下の2つのパターンに分かれます。
パターンA:医療機関が切り替え処理をしてくれる場合
まだ医療機関が健康保険組合等へ医療費を請求する前であれば、医療機関側で請求を労災保険に切り替えてくれることがあります。この場合、あなたが窓口で支払った3割分の自己負担金は、医療機関から返金されます。これが最も簡単な方法です。
パターンB:ご自身で手続きが必要な場合
医療機関での切り替えができない場合は、少し手続きが必要になります。
- まず、あなたが加入している健康保険組合や協会けんぽに、医療費の7割分(健康保険が負担した分)を、あなたが一旦返還します。
- 次に、「療養(補償)給付たる療養の費用請求書」(様式第7号や第16号の5)という労災の申請書類を作成します。
- この請求書に、医療機関から発行してもらった「診療報酬明細書(レセプト)」と、あなたが支払った医療費の「領収書」の原本を添付します。
- すべての書類を揃えて、会社の所在地を管轄する労働基準監督署に提出します。
- 後日、労災として認定されれば、あなたが支払った医療費の全額(健康保険組合に返した7割分と、窓口で払った3割分)が、労働基準監督署からあなたの口座に振り込まれます。
手続きが少し複雑に感じるかもしれませんが、順番に行えば問題ありません。分からなければ、会社の担当者や労働基準監督署、あるいは弁護士に相談しましょう。
まとめ
正しい保険の利用が、あなた自身を守ります
今回は、労災保険と健康保険の違い、そして間違えて健康保険を使ってしまった場合の対処法について解説しました。
- 仕事や通勤が原因の傷病には、健康保険は使えず、労災保険を使うのがルールです。
- 労災保険は、治療費の自己負担がなく、休業補償や後遺障害補償も手厚い、労働者のための制度です。
- もし間違えて健康保険を使っても、速やかに手続きをすれば、労災保険への切り替えが可能です。
突然の災害で動転してしまうのは当然ですが、間違った保険を使い続けると、あなたが受けられるはずだった手厚い補償を逃してしまうことになりかねません。
労災保険への切り替え手続きに不安がある、会社が手続きに協力してくれない、といったお困りごとがありましたら、決して一人で悩まないでください。私たち弁護士法人長瀬総合法律事務所は、被災された労働者の方が、安心して治療に専念できるよう、こうした煩雑な手続きのサポートも行っています。適切な保険を正しく利用し、ご自身の権利を守るために、ぜひ専門家である私たちにご相談ください。
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