会社が労災申請を拒否する場合の対処法
はじめに
本来、業務上のケガや病気(業務災害)、通勤途上の事故(通勤災害)であれば、労災保険(労災保険)を利用して治療費や休業補償を受ける権利があります。しかし、現実には、会社が「労災を使うな」「健康保険で処理しろ」と圧力をかける、あるいは申請書類への署名・押印を拒否するなど、労災保険の利用を妨げるケースがあります。
こうした「労災隠し」とも呼ばれる行為は、企業が労災保険の記録が残ることを嫌がる、または事業主負担の増加を懸念していることが背景にある場合があります。しかし、労働者(あるいは被災者の遺族)は、会社が協力しなくとも労働基準監督署に直接申請し、業務起因性を認定してもらうことができます。会社の態度に萎縮して泣き寝入りしてしまうと、本来受けられる療養補償給付や休業補償給付などを逃し、経済的にも大きな損失を被るおそれがあります。
本稿では、会社が労災申請を拒否・渋る場合にどのように対処すべきか、具体的な手続きと法的根拠、実務的なアドバイスを解説します。労災保険は労働者(被災者)の権利を守るための制度であり、会社が認めないからといって諦める必要はありません。正しい情報を知って行動し、適切な補償を受け取れるよう備えてください。
Q&A
はじめに、会社が労災申請に非協力な場合に関する代表的な疑問(Q)と回答(A)を簡潔に示します。詳細は「3 解説」で深掘りします。
Q1. 会社が「労災を使わないでくれ」と言ってくるのは違法では?
はい、労災保険は労働者の権利であり、会社が利用を妨げる行為(労災隠し)は法的に問題があります。労働者は会社の同意がなくても、直接監督署に申請可能です。
Q2. 会社が申請書への署名・押印を拒否したらどうすれば?
会社の署名や押印がなくても、被災者本人または遺族が監督署へ直接行き、事実を説明して書類を出せば審査に進めます。監督署が会社に必要事項を照会します。
Q3. 会社が「私傷病扱い」「健康保険で」と強要したら?
原則として、業務上のケガや病気であれば、健康保険を使うのではなく労災保険で対応すべき事案といえます。後から切り替えが可能ですが、手間が増えますし、会社の強要は不相当といえます。労働基準監督署に相談することも検討しましょう。
Q4. 会社に不利益があるから拒否してるの?
会社が労災申請されると、労働保険料の負担増や安全管理面の責任を問われる懸念があると考える傾向にあります。
Q5. 会社が証拠を隠したり改ざんしそうで不安…
弁護士に相談して、PCログ、勤怠記録など客観的データを確保する方法を検討しましょう。また、労働基準監督署に相談し、会社に開示を求めてもらうことも考えられます。
解説
では、会社が労災申請を拒否する場合にどう動くべきか、監督署への直接申請の手順や具体的な対処法、押さえておくべき法的ポイントを解説します。
労災保険の基本原則
労働者の権利
- 労災保険は労働者のケガや病気に備える公的保険であり、被災した労働者自身やその遺族が、会社の意向にかかわらず直接監督署へ申請できる。
- 会社の協力(署名・押印)があればスムーズだが、非協力でも申請自体を止めることはできない。
会社に課された義務
- 会社は労働者の申請をサポートし、各申請書への押印・証明を行う義務が事実上ある。
- 労災隠しとしては、会社が「業務外」と偽装し、健康保険を使わせたり、書類作成を拒否したりする行為が典型例。
会社が拒否する際の具体的対処
監督署への直接申請
- 会社が申請書に署名・押印しない場合でも、労働者(被災者・遺族)が書類を完成させて監督署へ提出可能。
- 監督署は会社に対し、勤怠記録や状況を照会するため、会社が否定しても調査権限で情報を得られる。
証拠の確保
- 残業時間を示すタイムカード、ICカード入退室記録、PCログオン・オフ時刻、上司からのメールなどを早めにコピー・保管。
- ハラスメントに関してはメール、SNSのスクリーンショット等を集める。会社が隠蔽を図る前に確保することが重要。
労働基準監督署への相談
- 会社が露骨に「健康保険で行け」と強要するときは、監督署に相談し、是正勧告や調査を求めることも考えられます。
主な不正・妨害の想定パターン
「業務外」と偽る
- 実際は業務中のケガ・過重労働が原因の病気でも、会社が「私傷病(プライベート原因)だ」と主張する。
- 過労死ライン超えの残業時間を社内で公表したくない例が考えられる。
健康保険で処理させる
- 会社は労災保険を使うと労働保険料が増えると考え、労働者に「健康保険を使え」と指示する。
- 被災者が本来の補償(治療費ゼロ、休業補償)を得られないうえ、後から切り替えるには手間がかかる。
書類作成の妨害
- 申請用紙(様式第5、8、10など)に会社の証明欄があるが、押印・記入を拒否して申請に協力してくれない。
弁護士や専門家に依頼する意義
証拠開示請求
- 弁護士は民事訴訟や証拠保全申立てを活用し、会社に対し勤務記録やメールデータを提出させる方法が検討できる。
- 弁護士のサポートによって重要な証拠の確保に繋がるケースもある。
書類作成代行と不支給時の対処
- 申請書類の不備や会社の対抗主張に対し、弁護士が法的見解を整理して提出し、認定を求めていく。
- 不支給が出ても、審査請求・再審査請求において追加証拠をまとめ、業務起因性を認めさせるサポートを受けられる。
安全配慮義務違反による賠償請求
- 会社が労災隠しをするケースでは、同時に長時間労働放置やハラスメントが行われている背景があることも想定される。
- 弁護士が安全配慮義務違反を立証し、損害賠償を請求できるケースもある。
実務上の注意点と心得
証拠を早期に保全
- 会社が労災を拒否する雰囲気なら、タイムカードのコピー、メール・チャットの保存、上司からの指示書などを早急に確保。
- PCログオン時間などの電子記録は会社側が消去や改ざんする可能性があるため、弁護士の介入で証拠保全するのが有効。
時間と精神的負担
- 会社が非協力的だと監督署の認定まで相当の時間を要する場合もあり、労働者や遺族には大きな精神的負担がかかる。
- 弁護士が代理対応すれば、負担を軽減しつつ適切に進められる。
裁判の可能性
- 会社が監督署に虚偽説明を行い不支給になったり、労災認定後の損害賠償を拒否したりするなら、民事裁判で争う選択もある。
- 過労死ライン超の長時間労働やハラスメントがあった場合、労使方法の対立もあり、訴訟に移行する可能性もある。
弁護士に相談するメリット
- 会社の妨害行為を止める
会社が「労災申請するな」と圧力をかける行為は不相当です。弁護士が違法性を指摘し、協力姿勢を引き出すことも考えられます。 - 監督署への意見
労災申請において弁護士が論点整理や追補資料を準備し、認定の確率を高めます。 - 不支給決定を覆すサポート
会社の主張を精査し、PCログ解析や証人集めなどで審査請求・再審査請求を通じて不支給決定を争います。 - 安全配慮義務違反の損害賠償
弁護士が会社の長時間労働放置やハラスメント黙認を立証し、数千万円〜1億円規模の賠償を得る事例もあり得ます。労災保険だけでは損害の填補に不足する部分をカバーできます。 - 企業側リスク管理
企業が弁護士に相談し、健全な労災保険手続きや労働時間管理の仕組みを整備すれば、後の大きな訴訟リスクを回避できる。
まとめ
会社が労災申請を拒否・渋るのは、労災隠しとも呼ばれ、法律上許されない行為です。しかし、現実には圧力をかけたり書類への署名を拒否したりするケースも起こり得ます。労働者や遺族としては、
- 会社の協力がなくても、自力で労働基準監督署に書類を提出できる
- 監督署が会社に事実確認を行い、非協力でも認定へ進められる
- 弁護士に相談し、会社の妨害行為への対策や、不支給決定時の異議申立もサポートしてもらう
という点を押さえておくことが重要です。さらに、会社が安全配慮義務違反を重ねている場合、過労死・過労自殺など深刻な結果が発生すれば、損害賠償請求で大きな責任を負うリスクが高まります。企業は労災保険に対して正しく対応し、長時間労働やハラスメントを未然に防ぐ義務を真摯に果たさなければなりません。被災者や遺族としては、会社の意向に遠慮せず、適切な補償を確保し、法的権利を主張することをご検討ください。
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