労災保険料は誰が払う?労働者の負担がゼロである理由
はじめに
仕事中に怪我をして労災保険を使いたいと考えたとき、「そういえば、自分は労災保険の保険料を払った覚えがない…」「会社に保険料の負担をかけてしまうから、申請するのは申し訳ない」などと、ためらいを感じてしまう方はいらっしゃいませんか。
給与明細を見ると、健康保険料や厚生年金保険料、雇用保険料は天引きされていますが、「労災保険料」という項目は見当たりません。このことから、ご自身が保険料を払っていないことに気づき、労災保険の利用を躊躇してしまうケースがあります。
しかし、ご安心ください。この記事ではっきりとお伝えしたい結論は、「労災保険料は全額を事業主(会社)が負担するものであり、労働者の金銭的な負担は一切ない」ということです。
この記事では、なぜ労働者の負担がゼロなのか、その仕組みと法的な理由を分かりやすく解説します。この事実を知ることで、あなたは会社に気兼ねすることなく、堂々とご自身の権利として労災保険を申請できるようになるはずです。
結論
労災保険料は全額「会社負担」。労働者の負担は0円です
まず、最も重要な事実を改めて確認しましょう。
労災保険の保険料は、法律により、その全額を事業主が支払うことと定められています。パートやアルバイトを含め、労働者が負担する金額は1円もありません。
これは、健康保険料や厚生年金保険料が会社と労働者で半分ずつ負担する(労使折半)のとは、根本的に異なる点です。また、雇用保険料は会社と労働者の双方が負担しますが、その負担割合は異なります。これら他の社会保険とは違い、労災保険だけが「全額事業主負担」となっているのには、明確な理由があるのです。
なぜ全額会社負担?
事業主の「災害補償責任」という考え方
労災保険料が全額事業主負担である理由を理解するカギは、「事業主の災害補償責任」という考え方にあります。
もともと、労働基準法という法律では、労働者が業務上の災害(業務災害)に遭った場合、事業主(会社)が、その労働者に対して直接、治療費や休業中の補償などを行う責任(=災害補償責任)を負うことが定められています。人を雇用して利益を上げている以上、その過程で発生した災害の責任を負うのは当然、という考え方が根底にあります。
しかし、この制度には2つの大きな問題点がありました。
- 労働者側の問題
もし会社の経営状態が悪く、補償金を支払う能力(資力)がなければ、労働者は泣き寝入りするしかありませんでした。 - 事業主側の問題
一度、死亡事故や重篤な後遺障害が残るような大きな災害が発生すると、その補償額は莫大なものとなり、会社の経営が一気に傾いてしまうリスクがありました。
これでは、労働者も事業主も、どちらも安心して事業活動を行うことができません。
そこで国は、この「事業主の災害補償責任」を、保険の仕組みを使って安定的・確実に行えるようにする制度を作りました。それが「労災保険制度」です。
つまり、国が、すべての事業主からあらかじめ保険料を徴収してプールしておき、いざ災害が発生した際には、国が事業主に代わって、被災した労働者に保険金(保険給付)を支払う、という仕組みです。労災保険から給付が行われれば、事業主は労働基準法上の災害補償責任を免れることができます。
このように、労災保険は、本来であれば事業主が直接負うべき補償責任を肩代わりするための保険制度です。だからこそ、その保険料は、責任を負う当事者である事業主が全額負担する、という仕組みになっているのです。
(参考)労災保険料はどのように決まるのか
労働者の方が直接関わることはありませんが、参考までに、会社が支払う労災保険料がどのように計算されるかを知っておくと、より理解が深まります。
労災保険料は、以下の式で計算されます。
保険料 = その年度に全労働者に支払う賃金の総額 × 労災保険率
- 賃金総額
基本給だけでなく、賞与や残業代など、労働の対価として支払われるすべてのものが含まれます。 - 労災保険率
この率が、事業の種類によって異なります。過去の災害発生状況などを統計的に分析し、「災害が起こりやすい危険な業種ほど高く、安全な業種ほど低く」設定されています。
「労災を使うと保険料が上がるから」という会社の言い分は無視してよい
時々、会社側が「労災を使うと、うちの会社の保険料が上がってしまうから、申請しないでほしい」と言って、労災の利用を妨げようとすることがあります。
これは「メリット制」という制度を指しています。メリット制とは、災害発生が少ない事業場の保険料を割引し、逆に災害が多い事業場の保険料を割り増しする仕組みで、事業主の災害防止努力を促すためのものです。
しかし、労働者であるあなたが、このことを理由に労災申請をためらう必要はありません。
- メリット制はすべての会社に適用されるわけではない
この制度が適用されるのは、一定規模以上(従業員100人以上など、業種により異なる)の事業場に限られます。 - 通勤災害はメリット制の対象外
メリット制の算定基礎となるのは「業務災害」のみです。通勤災害は、会社の保険料には影響しません。 - 重要なポイント
たとえメリット制の適用によって会社の保険料が上がったとしても、それは会社が経営上負担すべきコストです。労働者が安全に働く権利や、被災した際に正当な補償を受ける権利が、会社の保険料負担を理由に侵害されてはならないのです。
会社の保険料を心配して労災申請をさせない行為は「労災隠し」にあたり、これは労働安全衛生法違反という犯罪行為です。あなたは臆することなく、ご自身の治療と生活のために労災を申請してください。
よくある質問(Q&A)
Q1: 会社が労災保険に加入していませんでした。この場合でも、労災は使えますか?
はい、問題なく使えます。事業主が労災保険の加入手続きを怠っていた(未加入だった)としても、それは事業主側の問題です。労働者は、何ら不利益を受けることなく、労災保険の給付を受けることができます。国はまず被災労働者に給付を行い、その後で、会社に対して過去に遡って保険料を徴収し、さらにペナルティとして、国が給付した金額の全部または一部を請求します。あなたは安心して労働基準監督署に申請してください。
Q2: 雇用保険料は給与から天引きされています。これは労災保険とは違うのですか?
はい、全く別の制度です。雇用保険と労災保険を合わせて「労働保険」と総称しますが、目的と保険料の負担者が異なります。雇用保険は、主に失業した際の生活保障(失業手当など)を目的とするため、労働者も保険料を負担します。一方、労災保険は、前述の通り事業主の災害補償責任を代替する制度のため、全額事業主負担となっています。
まとめ
労働者の負担はゼロ。気兼ねなく労災保険を申請しましょう
今回は、労災保険料の負担について解説しました。
- 労災保険料は、全額を事業主(会社)が負担します。
- 労働者の負担は0円で、給与から天引きされることはありません。
- これは、労災保険が「事業主の災害補償責任」を肩代わりする制度だからです。
- 会社の保険料が上がることを理由に、労災申請をためらう必要はありません。
労働災害に遭われたあなたが、ご自身の治療や生活を犠牲にして、会社の金銭的負担を思いやる必要はありません。労災保険制度は、あなたのような労働者を守るために存在しています。
もし、会社から「労災を使うな」といった圧力を受けたり、手続きに不安を感じたりした場合は、すぐに専門家にご相談ください。私たち弁護士法人長瀬総合法律事務所は、被災された労働者の方々が、気兼ねなく、そして正当に補償を受けられるよう、全力でサポートいたします。
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