【在宅勤務中の労災事故の扱い】テレワーク時代における「業務上」の境界と会社の責任
はじめに
近年の働き方改革や新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり、在宅勤務(テレワーク)を導入する企業が急増しました。自宅でPCや電話を使い、出社せずに仕事を進められる一方で、通勤時間がなくなるなどの利点もあれば、業務と私生活の境界が曖昧になりがちというデメリットもあります。
こうした状況で気になるのが「在宅勤務中に怪我をした場合、労災保険は適用されるのか」という点です。例えば、「仕事中に腰を痛めた」「業務用の資料を取りに行こうとして階段で転倒した」「プライベート空間で作業している最中に負傷したが、それは本当に『業務上』なのか」など、判断に迷うケースが増えています。
本稿では、在宅勤務中の労災事故をめぐる基本的な考え方や認定のポイント、会社の安全配慮義務と責任、実際に事故が起きた場合の対応などを解説します。今後、テレワークがさらに定着する中で、「どこまでが業務上の範囲」かを明確にしておくことは、労働者・会社双方にとって重要なテーマです。
Q&A
はじめに、在宅勤務中の労災事故に関するよくある疑問をQ&A形式で整理します。詳細な解説は後段の「3 解説」で行います。
Q1. 在宅勤務でPCを使って仕事中に腰を痛めたら、労災になるのでしょうか?
在宅勤務であっても「業務として認められる行為中の負傷」であれば労災に該当する可能性があります。しかし「業務と私生活の境界」が曖昧になりがちで、具体的な状況(仕事の指示内容・労働時間管理など)を踏まえて判断されます。
Q2. 自宅内での家事をしている最中にケガした場合はどうですか?
家事は業務外の私的行為とみなされるため、通常は労災の対象外です。仕事の合間に食事の準備をしていて負傷した場合など、私的行為と見なされうることが想定されます。
Q3. 在宅勤務中の“通勤”や外出での事故はどう扱われますか?
一般的に「自宅から顧客先へ移動していた」など、業務指示に基づく外出であれば、業務災害として労災に該当する可能性があります。一方、「昼食を買いに行った」などの私的外出は対象外とされやすいといえます。
Q4. 会社は在宅勤務者に対しても安全配慮義務を負うのですか?
はい。会社は在宅勤務者に対しても、適切な労働時間管理や仕事の指示、健康管理などを行い、安全配慮義務を果たす責任があります。自宅作業環境の整備支援なども求められる場合があります。
Q5. 会社が「在宅勤務は自己責任だ」として労災申請を拒否したら?
労災保険は本人が直接、労働基準監督署に申請できます。会社が否定しても、業務上の行為と立証できれば、労災認定を受けられる可能性があります。弁護士など専門家に相談するとスムーズです。
解説
ここからは、在宅勤務中の労災事故の考え方を中心に、具体的な事例や認定のポイント、会社側の責任・安全配慮義務を詳しく見ていきます。
在宅勤務と「業務上」の境界
業務遂行性・業務起因性
労災保険で業務災害と認められるには、業務遂行性(会社の指揮監督下で行われているか)と業務起因性(その行為が業務と密接に関連しているか)が必要とされます。
- 在宅勤務でも、会社が指示している業務時間中のPC作業や電話応対などは「業務遂行中」とみなされる可能性が高い。
- 一方、家事や私用の外出中の事故は「業務外行為」と判断されやすい。
作業場所や作業時間の明確化
在宅勤務では「いつ仕事をして、どこまでが業務なのか」が曖昧になりやすいため、会社が就業規則や在宅勤務規程を整備し、労働時間を明確に管理することが望ましい。
- 労働者側も自発的にログ(PC使用時間、チャット履歴など)を残しておくと、労災申請時に役立つ。
在宅勤務中の典型的な労災例
椅子からの転落や転倒事故
- 「自宅で業務用の資料を取りに移動した」「オンライン会議中に部屋の配線に躓いた」など、業務上の動作と認められる場合は業務災害となる可能性がある。
- ただし、その動作が明らかに私的行為(家族のための洗濯物を取りに行ったなど)だった場合は対象外となりうる。
長時間同じ姿勢による腰痛・頸椎症など
- 在宅勤務でデスク環境が不適切なまま長時間PC作業を続け、腰痛や椎間板ヘルニアが悪化したケースで労災が認められるかどうかは、業務起因性が問われる。
- 会社が在宅勤務者にデスク・椅子などの設備指示をしていなかったり、過度な作業ノルマを課していたなどの状況があれば認められやすい。
業務中の外出事故
- 在宅勤務者が「顧客先に行く」「郵便局へ業務関連の書類を出しに行く」など会社の指示・許可に基づく移動で事故に遭った場合、業務災害として認定されうる。
- 「自分の昼食を買いに行った」など私用目的での外出事故は通勤災害や業務災害とはみなされない。
会社が負う安全配慮義務の内容
労働時間管理と健康管理
- 在宅勤務でも、長時間労働の防止や休憩・休日の確保を会社が適切に管理しなければならない。
- 定期的な健康診断、産業医や上司との面談を実施し、労働者の健康状態を把握し対応する責任がある。
作業環境整備のガイドライン
- 法的に会社が「自宅の環境を強制的に整備せよ」とまでは言えないものの、PCや机など業務に必要な機器・備品の貸与、費用補助などが望ましい。
- 自宅での労災事故発生を防ぐために環境チェックリスト(転倒防止策、適切な照明、ケーブル類の整理など)を配布する企業もある。
相談窓口とトラブル防止
- 在宅勤務で上司や同僚と直接顔を合わせる機会が減るため、メンタル面の不調などが表面化しにくい。会社は定期的なコミュニケーション機会を設け、トラブルや健康リスクを早期把握するよう努める。
事故発生時の対応フロー
- 負傷・病気の状態確認
在宅勤務中に負傷したり体調が急変した場合、直ちに医療機関を受診。 - 会社への報告
いつ、どこで、どんな状況下で怪我や病気になったかを連絡し、業務との関連性を伝える。 - 証拠収集
作業ログ、メール履歴、チャットのタイムスタンプ、監視ツールの勤怠データなどで、業務中であることを示す。 - 労災保険申請
会社が非協力的でも、本人が監督署に直接申請可能。事故状況を具体的に記した書面や医師の診断書を添付。 - 原因調査・再発防止
会社は自宅での作業環境を見直し、必要な備品支給や休憩ルールの徹底などを行う。
弁護士に相談するメリット
- 業務起因性の立証サポート
在宅勤務中のケガや病気は「本当に仕事をしていたのか」を争点とされることが多い。弁護士が作業記録や通話記録などの証拠を整理し、監督署での説明を補強する。 - 会社との認定トラブル解決
会社が「私的行為」だと主張したり、労災申請に協力しなかったりする場合、弁護士が代理人となり交渉することで、スムーズに手続きを進められる。 - 損害賠償請求の検討
会社が在宅勤務者に過度のノルマを強要し、健康管理を怠っていた結果、労働者が重大なケガや病気になったと認められれば、安全配慮義務違反に基づく賠償請求も視野に入る。 - 不服申立(審査請求・再審査請求)対応
労災保険が不支給と判断した場合でも、弁護士が追加証拠収集や申立理由の補強を行い、結果を覆す可能性を高める。 - 企業の予防策・在宅勤務規程整備
企業側が弁護士に相談し、在宅勤務のルール(就業規則・労働時間管理・環境チェックリストなど)を整備すれば、労災リスクを軽減できるメリットがある。
まとめ
在宅勤務中の労災事故は、「業務との関連性」が争点となりやすく、業務と私的行為の境界が曖昧になりがちです。しかし、テレワークの浸透とともに、在宅勤務中の労災認定は今後ますます重要なテーマとなりえます。
- 業務遂行性
会社から具体的な仕事の指示を受け、指定の時間帯に作業していたか。 - 業務起因性
当該行為が業務として必要だったか(顧客先への移動、資料取り出しなど)。
これらを証明するために、就業規則や在宅勤務規程で業務時間や方法を明確化し、従業員が作業記録(PCログなど)を残すことが望ましいです。会社も労働時間管理や健康管理を適切に行う責任があり、放置すれば安全配慮義務違反として損害賠償請求を受けるリスクがあります。
もし在宅勤務中にケガや病気が発生したら、弁護士法人長瀬総合法律事務所などに相談し、労災保険申請や業務起因性の立証をスムーズに進めるとよいでしょう。会社が否定的な姿勢を示しても、監督署へ直接申請し、必要な証拠を揃えれば認定を勝ち取れるケースがあります。テレワーク時代だからこそ、会社と従業員双方が正しい知識と対策を備えることが重要です。
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