労災申請と健康診断結果の整合性に関する留意点
はじめに
職場での事故や長時間労働が原因で負ったケガや病気があり、いざ労災保険(労災)の認定を受けようとした際、健康診断の結果や診療記録と被災者の主張が食い違う場合があります。
たとえば、長時間労働で高血圧・心臓疾患を悪化させたと主張していても、直近の健康診断では「特に異常なし」と記載されていたり、昔から私生活の不摂生があったと会社が言い張って、業務起因性を否定されたりするパターンです。精神疾患でも、「健康診断のストレス検査で問題なし」とされていると、発症時期や原因の特定が難しくなるケースがあります。
こうした健康診断結果と労災申請の食い違いが起きると、監督署が不支給決定を下してしまい、被災者や遺族が困惑する事例が少なくありません。しかし、健康診断はあくまで一定の検査項目しかカバーしていない場合が多く、実際には業務による負荷が重なり発症したケースが存在します。
本稿では、健康診断の結果と労災保険の認定がどのように関わるのか、なぜ食い違いが起きるのかを解説し、その際に不利な判断を回避するための証拠の補強方法や、不支給決定を争う手段を紹介します。私生活由来とみなされがちな症状でも、仕事との因果関係を正しく主張すれば労災が認められる可能性があります。
Q&A
はじめに、労災申請と健康診断結果の食い違いに関する代表的な疑問(Q)と回答(A)を簡潔にまとめます。詳細は「3 解説」で取り上げます。
Q1. 健康診断で「特に異常なし」と言われていたのに、労災申請はできる?
健康診断は一定の検査項目しか調べないため、業務負荷で悪化・発症した可能性が否定されるわけではありません。追加の医師意見や残業時間の証拠などで業務起因性を主張できます。
Q2. 会社が「検診で問題なしだったから業務外」と主張してきたら?
監督署は客観的な残業時間や業務ストレスを重視し、健康診断結果だけで判断しません。証拠(長時間労働のログなど)を出せば、会社の一方的主張が覆る可能性はあります。
Q3. 健康診断で軽度の異常と書かれていても、労災が認められる例はある?
もともと軽度の疾患があっても、業務負荷が原因で重症化したと認められれば、労災保険でカバーされる場合があり得ます。
Q4. 精神疾患(うつ病など)で、「ストレスチェックは問題なし」と言われていても?
ストレスチェックは定型の質問項目であり、個人の実際の業務ストレスを完全には反映しません。ハラスメントの証拠や長時間労働記録などで発症原因を立証すれば、労災認定される可能性があります。
Q5. 健康診断の結果と食い違う証拠をどう集めればいい?
追加の医師の意見書、専門医の診断、PCログなどの残業時間証拠、周囲の証言、ハラスメント録音・メールなど、実際の業務負荷を示す資料で補強します。
解説
健康診断結果と労災申請が食い違う想定事例と対処方法、監督署や会社がどのような判断を行うのか、そして不支給決定を覆すための証拠補強などを解説します。
健康診断結果と労災認定の関係
定期健康診断の限界
- 企業が行う定期健康診断は、主に血液検査や血圧、胸部X線等の限られた項目が対象。
- 「特に異常なし」と書かれていても、実際には高血圧予備軍や初期の心疾患が見逃されている可能性がある。
監督署の判断
- 監督署は健康診断の結果を参考にはするが、それだけで業務起因性を否定するわけではない。
- 長時間労働やハラスメントなど、「強い業務負荷」があったかを検討する。
会社が「検診では異常なし」と主張するケース
典型的な主張
- 「健康診断で問題ないと言われていた→私生活が原因、業務無関係」と会社が断定。
- 「家庭のストレスではないか」「自己管理不足では?」など、業務起因性を否定する方向へ誘導。
反論のポイント
- 健康診断は数値異常が出ない時期でも、業務負荷が潜在的に症状を悪化させた可能性がある。
- 特に脳・心臓疾患は突然発症が珍しくなく、前回の検診で異常がなくても、急激な残業増によって発症し得る。
精神疾患とストレスチェックの限界
ストレスチェックの仕組み
- 企業は年1回程度、ストレスチェックを義務づけられているが、これはあくまで自己回答型の簡易テスト。
- 結果が「問題なし」と出ても、実際にはハラスメントや長時間労働で大きなストレスを抱えている可能性がある。
監督署の見方
- ストレスチェックだけで業務起因性が否定されるわけではない。実際に勤務状況、上司とのやりとりなどを調査する。
- ハラスメントの証拠や長時間労働の記録があれば、「強い心理的負荷」と認定される可能性がある。
不支給決定を覆すための対策
医師の追加診断・専門医の意見書
- 一般の健康診断では発見できない疾患や症状を、専門医の検査で特定し、「業務が主原因」と認めてもらう。
- 産業医や精神科医の見解が「業務とは無関係」としても、別の専門医にセカンドオピニオンを求める手段がある。
長時間労働の客観的証拠
勤怠システム、PCログオン・オフ記録、メール送信時間などで過労死ライン超えを示せれば、会社の「検診結果は問題なしだから業務外」との主張を崩しやすい。
ハラスメントの具体的証拠
- 精神疾患の場合、「検診は問題なし」とされても、執拗なパワハラ・セクハラがあれば強度のストレスと認められる。
- 録音やメール、同僚の証言などを集め、監督署や裁判で提示する。
不服申立の実践
- 監督署が業務外と判断
→ 審査請求(労働者災害補償保険審査官)の申し立て - さらに棄却
→ 再審査請求(労働保険審査会)へ申し立てる
専門家・弁護士の重要性
書類作成と論点整理
検診結果と食い違う場合、監督署に対し、業務起因性を論理的に説明する必要があり、法律や医学的知識を踏まえた弁護士や社労士のアドバイスが有効。
証拠開示請求
- 会社がデータを隠蔽しようとしても、弁護士が民事訴訟や証拠保全制度を活用し、情報開示を求める道がある。
- 証拠が出揃えば、不支給決定を覆す可能性が向上する。
安全配慮義務違反による賠償も
- 健康診断結果を理由に会社が責任回避を試みても、実際に長時間残業やハラスメントで健康被害が出ていた場合には、安全配慮義務違反の賠償責任が認められる可能性がある
- 弁護士が損害額を計算し、示談交渉・裁判で会社から逸失利益・慰謝料を支払ってもらうケースもある
弁護士に相談するメリット
- 専門医の紹介や意見書作成
精神科や循環器科などの専門医と連携し、健康診断結果では見落とされた可能性を意見書で明確化。弁護士が調整することで、監督署に説得力ある証拠を提出しやすくなる。 - 会社の主張に対する反論
「健康診断は異常なしだから業務外」という会社の主張に対し、医学文献や長時間労働のリスクの観点から反論を試みる。弁護士が裁判例も踏まえた論拠を展開することが期待できる。 - 不服申立手続きや行政訴訟のサポート
不支給決定に対する不服申立てや行政訴訟のサポートを得ることが期待できる。
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