休業補償の不当な打ち切り
はじめに
労災保険(労災)で休業補償給付を受けている途中で、「治癒した」「就労可能になった」という理由などで休業補償が打ち切りになることがあります。だが、実際にはまだ体調が改善しておらず、医師も「就業はまだ無理」と診断しているケースでも、監督署や会社の意向により「打ち切り」扱いされてしまうことがあります。
休業補償給付は労働者が業務上のケガや病気で働けなくなった場合に、休業4日目以降(初日から3日間は待期期間)に賃金日額の約80%程度が支給される貴重な補償手段です。これが不当に打ち切られると、生活の糧が絶たれ、治療の継続が困難になるばかりか、後遺障害が残るリスクも高まります。
本稿では、休業補償打ち切りのよくある理由とその背景、打ち切りが不当だと思われる場合の異議申立や追加証拠提出の方法、そして会社が安全配慮義務違反を負う可能性について解説します。まだ治療を要するにもかかわらず「打ち切り」とされたら、泣き寝入りはせず、法的に対抗する手段を知り、正当な補償を受けられるようにしましょう。
Q&A
はじめに、休業補償給付の打ち切りをめぐってよくある疑問(Q)と回答(A)を簡潔に示します。詳細は後段の「3 解説」で深掘りします。
Q1. 休業補償給付の打ち切りって、誰が判断しているの?
監督署(労働基準監督署)が業務外と判断したり、「症状固定」や「就労可能」と認定すると打ち切りになる場合があります。会社が「そろそろ働けるだろう」と言っても、最終的には監督署の判断が重要です。
Q2. まだ治療が必要なのに打ち切りってあり得る?
実態としてはあります。監督署が医師や会社の意見を参考に「治癒した」と見なすことがある。ただし、医学的に治癒していないなら異議申立などで覆せる可能性があります。
Q3. 打ち切り後、再び症状が悪化したらどうする?
いったん打ち切りになっても、症状固定前であることを医師の意見書などで示し、休業補償給付の再開を監督署に申し立てる道があります。
Q4. 会社に「働けるはず」と言われていても、監督署が認めないと意味ない?
会社の意見だけでは決まりません。最終判断は監督署が業務起因性や治癒(症状固定)の状況を評価して行います。会社の強要に流されず、客観的な医師の診断を重視しましょう。
Q5. 打ち切り後に病状が悪化して後遺障害が残ったら?
症状固定と判断された時点で障害補償給付への切り替えを検討します。もし固定していないのに打ち切られた場合、異議申立や追加証拠提出で再度休業補償を得られる可能性もあります。
解説
ここから、休業補償給付の打ち切りによくある理由や背景、対抗策、そして安全配慮義務違反との関係について見ていきます。
4休業補償給付の打ち切りの主な理由
症状固定(治ゆ)と判断される
- 監督署が医師の診断や会社の報告を踏まえ、「これ以上治療しても改善しない」と見なす場合。
- 症状固定の時点で休業補償給付は終了し、障害補償給付(年金・一時金)に移るかどうかが検討される。
就労可能と判断される
- ある程度回復し、「軽作業ならできる」「部署変更等で就労可能」と会社や産業医が主張し、監督署が同意 → 打ち切りにつながる。
- 実際はまだ業務に耐えられないのに、会社が職場復帰を急がせるケースも多い。
業務外と再判断
- いったんは休業補償給付が支給されたが、後から「実は私生活原因が主」と会社が追加資料を出して業務外認定に覆された例も。
- 不十分な証拠で申請すると後からトラブルを招きやすい。
不当な打ち切りを疑う例
医師の意見と合わない
- 医師が「休業を継続すべき」と診断しているのに、監督署や会社が独断で「もう働けるはず」「治った」と判断。
- 医学的根拠が薄い打ち切りは不当の可能性が高い。
会社の都合で早期復帰を強要
業務が忙しく人手不足 → 会社が「休業補償を打ち切り、出勤してくれ」と圧力をかける。監督署との連携がなく強引に進める場合も。
実際は症状が悪化し続けている
表面的に少し回復したように見えても、痛みや後遺症が残っている状態で就業は困難。無理して復帰し、病状が再び深刻化する危険がある。
打ち切りを覆すための具体策
異議申立
- 監督署から「打ち切り」とされれば、審査請求・再審査請求で異議を申し立てられる。
- 追加の医師診断書(治療継続が必要という意見)や症状が悪化した証拠を添付して、再度の審査を求める。
専門医のセカンドオピニオン
会社の産業医や監督署が信頼している医師の意見に偏るときは、別の専門医に診断してもらい、「就労困難」「症状固定していない」など客観的見解を取得する。
弁護士・社労士への相談
- 不当打ち切りと感じたら、弁護士や社労士が監督署対応や書類作成をサポートし、会社の主張を科学的・法律的に反論。
- 会社が圧力や嘘の報告をしている場合、弁護士が事実関係を追及できる。
会社の安全配慮義務違反との関係
打ち切り後の職場復帰でさらに悪化
- まだ治療が必要なのに無理に職場復帰させ、症状が再発・悪化すれば、安全配慮義務違反が疑われる。
- 遺族や本人が再度休業を余儀なくされるケースでは、会社の損害賠償責任に発展する可能性も。
過労死や自殺につながる危険
- 回復していない状態で過重業務に戻れば、脳・心臓疾患の再発や精神疾患の悪化で過労死・自殺に至るリスクが高まる。
- 会社が安易に休業補償打ち切りを主導すれば、重大な法的責任を負うリスクがある。
実務上の注意点
医師の意見をよく確認
会社や監督署が打ち切りを判断する際、医師の就労可否診断が大きな影響を与える。医師とよく話し合い、「本当に働ける状態か?」を慎重に確認。
再診察と追加検査
初診だけでは症状が把握しきれない場合、再診察や専門医の精密検査で病態を明確化。監督署に提出する新たな報告書で、業務継続不能を示す。
後遺障害申請への移行
打ち切りの理由が「症状固定」であれば、障害補償給付(後遺障害等級)を検討。場合によっては障害等級認定による年金や一時金を得られる。
時間と手続きの負担
異議申立には時間がかかり、書類も膨大。被災者の体力が落ちていることを考慮し、専門家のサポートで負担を軽減して取り組むことが重要。
弁護士に相談するメリット
- 医学的・法律的に打ち切り理由を分析
弁護士が医師の診断書や監督署の「打ち切り理由」を精査し、反証資料(追加検査結果、セカンドオピニオン)を用意して論点を覆すことが可能。 - 会社の主張に対抗する証拠収集
会社が「もう働けるでしょ?」など根拠なく主張しても、勤怠実態や回復の度合いを具体的に立証。弁護士が産業医の記録開示などを要求し、誤った打ち切りを阻止。 - 不服申立手続きを一括サポート
打ち切り決定に対しては審査請求・再審査請求を行う。弁護士が期限管理と書類作成、追加証拠の整備を代行し、認定が覆る確率を高める。 - 障害補償給付や損害賠償請求の同時進行
打ち切り後に症状固定とされたなら、障害等級認定で年金または一時金を求めるべきか、安全配慮義務違反の賠償を並行して進めるか、弁護士が総合的に戦略を提案。 - 企業側の予防法務
企業が弁護士に相談し、「休業補償打ち切り」の判断を適正に行う体制を構築すれば、後日の不当打ち切り訴訟リスクを減らし、安全配慮義務を果たせる。
まとめ
休業補償給付が途中で打ち切りになる原因としては、症状固定と見なされたり、会社が「就労可能」と主張していたりする場合が多いです。しかし、実際にはまだ治療が必要、あるいは軽作業さえ無理というケースでも、医学的根拠があいまいなまま打ち切りが進んでしまうことがあります。
- 監督署の決定に納得がいかない場合、異議申立(審査請求・再審査請求)を通じて追加証拠(医師の意見書、再検査結果など)を提出し、打ち切りを覆す可能性がある。
- 会社が非協力的だったり、治療経過を十分見ずに復職を迫るのは、安全配慮義務違反に当たる恐れがあり、後に過労死や再発が起きれば会社は重大な責任を負う。
- 弁護士や社労士のサポートを受ければ、打ち切りが不当かどうかを法的に分析し、追加証拠をまとめて監督署に再審査を求め、正当な補償を続けて受けることができる。
休業補償打ち切りが通知された時点で、あきらめずに弁護士などへ相談し、医師の見解を再度取り付けたり、会社の主張を整理したりすることで、法的に対抗する道が開けるでしょう。
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