他の社会保険(健康保険・年金)との関係
はじめに
労働者がケガや病気で治療を受ける場合、健康保険や国民健康保険といった一般的な社会保険がまず思い浮かぶかもしれません。しかし、仕事中や通勤中のケガ・病気は、原則として労災保険が最優先で適用されるため、健康保険とは別の枠組みでカバーされます。また、厚生年金との併給が可能かどうかなど、年金制度との関わりも無視できません。
「労災保険を使うべきところを誤って健康保険で処理してしまった」「労災を申請せずに自己負担が大きくなった」など、実務上の誤解やトラブルが絶えないのが現状です。重複受給の問題や年金の併給制限も絡み、被災労働者が複雑さに戸惑うケースが少なくありません。
本稿では、他の社会保険(健康保険・年金)と労災保険の重複受給ルールや、優先順位、実際に気をつけるべきポイントなどを解説します。会社が「健康保険で処理するように」と誘導している場合の対処法や、障害年金と障害補償給付の併給など、重要なテーマを網羅的にカバーしますので、ぜひご参照ください。
Q&A
まず、他の社会保険制度と労災保険との関係について、代表的な疑問(Q)と回答(A)をまとめます。詳細は「3 解説」で深掘りします。
Q1. 業務中のケガや病気は健康保険より労災保険が優先というのは本当ですか?
はい。業務上・通勤上のケガや病気は労災保険が原則で、健康保険は適用外が原則です(「第三者行為」など特別な場合を除く)。
Q2. すでに健康保険で治療したが、後から労災を申請できる?
可能です。健康保険で立て替えた医療費は、後で「療養補償給付たる療養の費用(様式第5号、第7号)」で払い戻しを受け、健康保険組合との間で調整が行われる場合もあります。
Q3. 障害年金(年金機構)と障害補償給付(労災)は同時にもらえる?
障害年金と障害補償給付は原則併給可能です。ただし、一部併給調整が行われるケース(障害基礎年金と労災障害補償年金との調整など)もあるため、詳細は個別に確認が必要です。
Q4. 年金を受給している高齢者が労災に遭ったらどうなる?
労災保険の年金(障害補償年金など)と老齢年金との重複受給は基本的に可能です。ただし、高齢年金と障害年金の一部調整など、個別確認が必要となります。
解説
それでは、健康保険・年金などの社会保険制度と労災保険との関係や調整の仕組み、重複受給の可否などを見ていきます。
健康保険との関係
業務外 vs. 業務上
- 健康保険(協会けんぽや組合けんぽ)は、原則「業務外の一般病気・ケガ」を補償する保険。業務上または通勤上のケガ・病気は労災保険が適用されるため、本来は健康保険の範囲外となる。
- 会社が「とりあえず健康保険で処理して」と誘導しても、被災者が労災申請したい場合は優先される。
すでに健康保険を使ってしまった場合
- 後から労災申請して認定されれば、健康保険で立て替えた医療費は労災保険へ請求される形で精算される。被災者は「療養補償給付たる療養の費用請求書」を使って払い戻しを受ける場合もある。
- 健康保険組合は労災が認められると求償権を行使するケースがあり、後日調整が行われる。
傷病手当金との併用
- 業務外の病気で働けない場合、健康保険の傷病手当金が支給される。一方、業務上の病気であれば休業補償給付が優先適用。
- 同じ傷病について、両方から重複して支給を受けるのは原則禁止。どちらか一方を選択または労災が優先される形になる。
年金(障害年金・老齢年金)との関係
障害年金との併給
- 厚生年金の障害年金は、公的年金保険制度による障害補償。一方、労災の障害補償給付は業務上の障害を補償する別制度。
- 原則併給可能だが、障害基礎年金(国民年金)と労災障害補償年金を同時にもらう場合など、一部調整規定がある。具体的にはケースバイケースで確認が必要。
老齢年金との調整
- 老齢年金と労災補償給付(障害補償や遺族補償など)は、基本的に重複受給が可能。
二重取りや優先順位の考え方
業務上のケガ・病気は労災が最優先
- 法律上、業務上の傷病は労災保険が第一義的に適用される。健康保険など他の社会保険は「業務外」が対象。
- 万が一、健康保険で処理してしまっても、後から労災を申請し、認定されれば切り替えが行われる。適切な時期に行わないと手続きが煩雑になるので要注意。
事例:業務中の交通事故で相手の自動車保険もある場合
- 交通事故が第三者行為に該当するため、労災保険が先行して払った場合、その分を相手保険会社が求償する仕組み(または協定)が存在。
- 二重取りにならないよう、労災保険と相手保険が調整するため、被災者はあくまで正直に報告し、必要書類を整える。
実務上のトラブルと対策
会社の「健康保険で行ってくれ」という誘導
- 「労災申請は面倒」と考える会社が、労災隠しの一環で健康保険へ誘導する事例。被災者は監督署へ直接申請し、本来の権利を行使可能。
- 最初から業務上かどうか正確に判断し、労災保険を使うかを見極めるのが理想。
年金との調整がわからない
- 障害基礎年金・障害厚生年金と労災障害補償年金を併給できるかどうか、細かな規定があり理解が困難。
- 事前に相談し、具体的に検討するのがスムーズ。
遺族補償と遺族年金の併給
- 遺族が遺族補償年金(労災)と遺族年金(公的年金)をもらう場合、両者が併給可能か一部調整されるかは、法定の規定によって決まる。
注意点とアドバイス
- 優先適用
業務上・通勤上のケガや病気はまず労災保険を検討。健康保険を先に使うのは原則避けるか、後で切り替えが必要になる。 - 二重取り防止
同じ傷病で他の社会保険と労災保険を重複受給するのは原則禁止。どうしても併給する場合、法令で定める併給調整が行われる。 - 書類整備と相談
各制度の兼ね合いは複雑。会社が非協力的なら弁護士など専門家を頼り、監督署・年金機構・健康保険組合との調整を行うとよい。
弁護士に相談するメリット
- 会社が労災を拒否する場合の交渉代理
「健康保険でやってくれ」と指示されたとき、弁護士が監督署や会社に働きかけ、本来の業務上傷病として認定を進めるサポートを提供。 - 書類不備や返還問題の防止
間違って健康保険で処理してしまった後、後から労災に切り替える際の精算や、誤って支給された給付金の返還問題に対しても、弁護士が安全策を講じられる。 - 損害賠償請求を含めたサポート
会社の安全配慮義務違反が大きいケースでは、労災保険だけで不足する分を会社に対して追及する。弁護士が示談・訴訟を代理し包括的な補償を得る道を検討。
まとめ
他の社会保険(健康保険・年金)と労災保険との関係は、以下のポイントが鍵となります。
- 業務上・通勤上のケガや病気は労災保険が優先
健康保険は原則として業務外を対象とするため、会社が「健康保険で処理するように」と言うのは本来不当。 - 重度傷害の場合、障害年金と障害補償年金の併給は可能
ただし一定の調整規定があるため、個別に制度を確認し、正しい手続きを踏む。 - 会社が非協力的でも被災者本人が監督署へ直接申請できる
後から精算や切り替えをする場合は、手続きが煩雑になりがちなので早めに専門家へ相談するのが望ましい。
もし手続きの途中でトラブルが生じたり、支給が遅延したりした際は、弁護士などの専門家に相談し、社会保険と労災保険のルールを正しく把握して適切な補償を得ることをおすすめします。
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