過労死ラインと時間外労働
はじめに
長時間労働が原因で脳梗塞や心臓疾患を発症し、最悪の場合、命を落としてしまう――いわゆる「過労死」は、深刻な社会問題として長らく注目されています。厚生労働省は、業務と死亡の因果関係を判断する一つの目安として、「過労死ライン」を設定し、発症前1か月に100時間超または2〜6か月間に月80時間超の時間外労働が続くとリスクが急激に高まるとしています。
一方で、企業側が「忙しい時期だから」「残業代は払うから」として残業時間を放置すれば、労働者が長時間労働で心身を壊す可能性があるだけでなく、安全配慮義務違反による訴訟リスクも負うことになるでしょう。本稿では、過労死ラインの具体的な内容と、残業時間(時間外労働)の法的規制、さらに企業が遵守すべきルールや留意点、過労死が起きてしまった場合の責任などを解説します。働く側と企業側の両視点から、長時間労働問題を再確認していきましょう。
Q&A
まず、「過労死ライン」と時間外労働に関する代表的な疑問(Q)と回答(A)を簡潔にまとめます。詳細は「3 解説」で取り上げます。
Q1. 過労死ラインは法律で定められているのですか?
過労死ラインは厚生労働省が示すガイドライン的な指標であり、法律で明文化されているわけではありません。ただし、過労死認定においては事実上の判断基準として活用されています。
Q2. 1か月100時間超の残業を超えたら必ず過労死と判断される?
必ずではありませんが、業務と死亡の因果関係を強く推定する有力な証拠となります。労働基準監督署の認定や裁判でも、100時間超の時間外労働があると過労死が認められるケースがあります。
Q3. 過労死ラインを超えていても、会社が「自己管理不足」と主張してきたら?
労働者側が労災申請し、監督署が調査を行って業務起因性を判断します。会社の一方的な主張で自己責任にされても、事実と合わなければ認定される可能性があります。
Q4. 長時間労働を規制する法律ってあるの?
労働基準法で1日8時間・週40時間を超える場合、原則として36協定が必要です。2019年の法改正(働き方改革関連法)で時間外労働の上限が設けられ、罰則付きで違反に対する取り締まりが強化されています。
Q5. 過労死した場合、遺族は何らかの給付や補償を受けられる?
業務上の死亡と認定されれば、労災保険の遺族補償給付や葬祭料を受け取ることが可能です。加えて、会社に安全配慮義務違反があれば、遺族が損害賠償請求をすることもありえます。
解説
ここでは、過労死ラインの具体的な内容や法的な位置づけ、時間外労働の現行ルール、さらに企業の責任や過労死が起きた場合の対応などを詳しく見ていきます。
過労死ラインの概要
1か月100時間超または2〜6か月平均80時間超
- 厚生労働省は、脳・心臓疾患の発症リスクが急増する基準として、過労死ラインを設定。
- 発症直前の1か月間に100時間超の時間外労働、または発症前2〜6か月間に月80時間超の時間外労働が続いた場合、業務起因性を強く推定し、過労死認定されやすい。
過重労働と因果関係の証明
- 過労死ラインを超える残業記録(タイムカード、PCログなど)があれば、業務と死亡の因果関係が認められるケースが多い。
- 会社が「本人が勝手に残業した」と主張しても、黙示の指示やサービス残業を監督署が認定する例が多数。
時間外労働の法的ルール
労働基準法の原則
- 1日8時間、週40時間を超えて働かせるには36協定が必要。
- 36協定があっても、月45時間・年360時間が原則上限。ただし、特別条項で一時的に超えることが可能だが、2020年以降、年間720時間以内などの詳細規制が導入された。
罰則付き上限規制(働き方改革関連法)
- 大企業は2019年4月、中小企業は2020年4月から時間外労働の上限が罰則付きで適用。
- 原則月45時間・年360時間まで、繁忙期でも月100時間未満、年720時間以内がルールで、過労死ラインを意識した内容。
企業が負う安全配慮義務
長時間労働の防止
- 会社は、従業員が過労死ラインを超える時間外労働をしないよう勤怠管理を徹底する義務がある。
- 大幅に超えている場合、安全配慮義務違反として労災認定や損害賠償リスクが生じる。
健康管理と面接指導
- 労働安全衛生法で月80時間超の時間外労働を行った従業員には産業医の面接指導などが義務化されている。
- 会社がこれを怠れば、過労死リスクに対する安全配慮義務を果たさなかったと判断されかねない。
過労死が起きた場合の対応
労災保険での遺族補償給付
- 業務上の死亡と認定されれば、遺族は遺族補償給付(年金・一時金)や葬祭料を受け取れる。
- 会社が「業務外」と主張しても、労働基準監督署が時間外労働の実態を調査し、認定する仕組み。
遺族の損害賠償請求
- 会社が長時間労働を放置したなどで安全配慮義務違反が明らかなら、遺族が逸失利益や慰謝料を請求する裁判を起こし、高額賠償が認められる事例もある。
- 過去の判例では数千万円〜1億円を超える支払いが命じられた例もある。
実務上の注意点・トラブル事例
サービス残業の隠蔽
- 会社がタイムカードを改ざんし、過労死ラインを下回る数値にしているなど、いわゆる「労災隠し」が起きることがある。
- 被災者や遺族はPCログ、メール送信時間、入退室記録などを集めて実際の労働時間を立証する必要がある。
自己責任論
- 会社が「本人が早く帰らないだけ」「体力不足だ」と責任転嫁するケースもあるが、長時間労働を是正する方法を講じていなければ会社の落ち度は大きい。
- 監督署や裁判所でも、「黙示の業務命令」とみなされる事例がある。
派遣・請負など多様な雇用形態
派遣先・派遣元のどちらに責任があるか、就業構造が複雑な場合もある。監督署の調査は両社に及び、被災者は実労働時間を多角的に示す必要がある。
弁護士に相談するメリット
- 長時間労働の実態把握・証拠収集
弁護士が会社の出退勤ログ、業務メール、PC操作記録などを整理し、過労死ライン越えを立証する。会社がデータを隠しても、監督署や裁判所を通じて開示を求める道がある。 - 民事賠償交渉・裁判代理
安全配慮義務違反が強いと見込まれる場合、弁護士が会社に損害賠償(逸失利益、慰謝料)を求める示談や訴訟を一貫して行う。高額な解決金が得られるケースも珍しくない。 - 時間外労働を巡る複雑な規定の専門知識
「36協定」「残業時間上限規制」「特別条項」など法律の細部を把握し、会社の違反を的確に指摘することで遺族の主張を強化する。 - 企業側の労務管理相談
企業が弁護士に依頼し、勤怠システムの整備、健康管理体制、面接指導などを充実させれば、過労死リスクと損害賠償リスクを低減できる。
まとめ
過労死ライン(1か月100時間超または2〜6か月にわたる月80時間超の時間外労働)は、脳・心臓疾患や精神疾患による死亡事故との因果関係を強く推定する際の事実上の基準です。ここを超えてしまうと、労働基準監督署の労災認定や、裁判所が会社の責任を認める可能性が大幅に高くなります。
- 労働基準法や36協定には時間外労働の上限が設けられ、月45時間、年間360時間を原則とし、特別条項であっても月100時間未満、年720時間以内と規定。
- これを守らず過労死ラインを常態化させている企業は、安全配慮義務違反として行政指導や損害賠償請求を受けるリスクが非常に高い。
- 被災者や遺族は、「自己責任」や「本人が勝手に残業した」という会社側の言い分に惑わされず、残業実態を証拠で示し、労災保険給付(遺族補償など)や民事損害賠償を追及できる。
働き方改革で上限規制が強化されたとはいえ、現場ではサービス残業や記録改ざんが疑われるケースもあります。過労死ラインを超える働き方が常態化しているなら、弁護士など専門家に相談し、会社と交渉や監督署への申告を行うなどの対応を早めに検討する必要があります。
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