労働時間管理と会社の管理責任
はじめに
企業と雇用契約を結んで働く以上、労働者は法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えて勤務する場合に、会社と36協定を結ぶ必要があります。一方、会社には労働時間を正しく把握し、健康を守る責任があり、これを労働時間管理責任と呼びます。長時間労働やサービス残業を見過ごせば、安全配慮義務違反や割増賃金未払いなど多くの法的リスクが発生し、過労死・過労自殺など深刻な結果を招く可能性があります。
現代社会ではテレワークやフレックス制、裁量労働制など多様な働き方が普及し、「労働時間」をどう管理するかは企業にとって大きな課題となっています。特に「自己申告制」だけに頼った管理方法では、残業時間の過少申告やサービス残業が起きやすく、会社の管理責任が追及される例も後を絶ちません。
本稿では、労働時間管理が求められる法的背景と会社の具体的な義務、時間外労働の上限規制や記録方法、さらに違反時のリスクや労働者が身を守るポイントについて解説します。正確な労働時間把握は、労使双方にとってトラブル回避と健康確保に不可欠であり、その実務をどう進めるかを知ることで、多様な働き方にも対応した健全な就業環境を築けるでしょう。
Q&A
はじめに、労働時間管理に関して、企業や労働者が抱く代表的な疑問(Q)と回答(A)を簡潔にまとめます。詳細は「3 解説」で取り上げます。
Q1. 労働時間管理って具体的に何をするの?
企業が従業員の始業・終業時刻や休憩時間、残業時間を正確に記録し、法定労働時間を超えた場合の割増賃金などを適切に支払うよう管理することを指します。長時間労働を防ぐための安全配慮義務も含まれます。
Q2. 自己申告制だけでも問題ない?
自己申告制は労働者が過少申告(サービス残業)しやすく、厚生労働省のガイドラインでも「客観的な方法」での補完が必要とされています。勤怠管理システムやカード打刻など客観的な記録が推奨されます。
Q3. 会社が「残業は自己責任」として管理しない場合、どうなる?
会社の安全配慮義務違反や労働基準法違反(割増賃金未払いや違法残業)となり、過労死や過労自殺が起きれば民事・刑事責任を負うリスクが高まります。行政指導や書類送検もあり得ます。
Q4. 労働時間管理が厳格化する理由は?
過労死・過労自殺問題が顕在化したことで、2019年の働き方改革関連法などで時間外労働の上限規制と労働時間適正把握ガイドラインが整備され、企業の管理責任が明文化・強化されたからです。
Q5. 従業員が在宅勤務や直行直帰の場合、どう管理する?
テレワークや外回り勤務でも、会社は客観的な記録(システムログ、スマホGPS、業務報告など)を活用して勤務時間を把握する必要があります。自己申告だけだと違法リスクが残ります。
解説
ここでは、労働時間管理がどのように法的に位置づけられているか、会社が具体的にどんな管理責任を負っているか、管理が不十分な場合にどういったリスクがあるかなどを詳述します。
労働時間管理の法的背景
労働基準法と36協定
- 労働基準法で1日8時間・週40時間を原則とする法定労働時間が定められ、それを超える時間外労働を認めるには36協定(労使協定)の締結・届出が必要。
- 36協定があっても、月45時間・年360時間の原則上限があり、特別条項を用いたとしても無制限ではなく、100時間未満・年720時間以内などの上限規制がある。
働き方改革関連法と罰則付き上限
2019年以降、36協定を超える違法残業が発覚すれば、企業や経営者に罰則(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)が科されるリスクがあり、残業管理の厳格化が求められる。
安全配慮義務と過労死ライン
- 会社が長時間労働を放置し、従業員の健康を損なった場合、安全配慮義務違反となり、過労死・過労自殺で損害賠償責任を負う可能性が高い。
- 過労死ライン(1か月100時間超など)を超える残業があれば業務起因性が強く推定され、企業リスクが大きい。
会社が果たすべき労働時間管理の具体例
客観的記録を活用
- タイムカード、ICカード入退室記録、PCログオン・オフ時刻などで客観的に時間を把握することが厚生労働省のガイドラインで推奨されている。
- 自己申告制を併用する場合も、一定の裏付け(管理者の巡視、業務報告)で過少申告を防ぐ努力が必要。
過重労働者へのケア
- 月80時間超の残業が確認された従業員には産業医面談を実施し、健康状態をチェックする制度を整えなければいけない(労働安全衛生法)。
- 必要に応じて業務量を調整し、休日を取らせるなどの措置が安全配慮義務の一環として求められる。
サービス残業の排除
- 従業員が「本当は残業しているのに申告していない」状況を把握し、適切に割増賃金を支払うよう指導。
- 意図的にサービス残業を奨励または黙認すれば、労基法違反となり、過労死が発生した際の責任追及がさらに厳しくなる。
労働時間管理不備によるリスク
行政指導・書類送検
- 労働基準監督署が臨検監督を行った際、36協定の違反や過度な残業を発見すると、是正勧告を出す。
- 悪質な場合は書類送検・罰金刑など刑事処分もあり得る(働き方改革関連法の上限規制違反)。
安全配慮義務違反による損害賠償
- 長時間労働が原因で脳・心臓疾患や精神疾患(過労自殺)を発症した場合、会社が管理義務を怠ったと認められれば、高額な民事賠償を命じられる裁判例が多い。
- 判決で数千万〜数億円にのぼる損害賠償が言い渡された事例も存在する。
企業イメージの毀損
過労死やサービス残業がメディアで報道されれば、ブラック企業のレッテルを貼られ、人材採用や取引関係に影響する恐れがある。
労働者側の注意点と対策
記録をこまめに残す
- 会社の勤怠システムが不十分でも、自分のPCログオン・オフ時刻やメール送信時間、スマホGPSなどを記録しておく。
- サービス残業を強要された場合、指示メールや上司のメッセージを保存しておくと後々有利。
長時間労働が続くなら早めに相談
- 過労死ライン超の残業が常態化しているなら、産業医面談や人事部・総務部、社内の相談窓口を通じて訴える。
- 改善されない場合、労働基準監督署に申告する手段もあり、是正勧告で会社が動く可能性がある。
体調を崩したら医師の診断を受ける
頭痛や睡眠障害、強い倦怠感などが続くなら早めに病院で診断書を取得。症状が悪化して休業が必要になれば労災申請を検討する。
よくあるトラブル事例
自己申告制で残業時間が少なく処理
- 従業員が「残業を申告しにくい」雰囲気で過少申告→会社は公式記録が少ない→いざ過労死や未払い賃金問題が起きると争いが激化。
- 客観的管理がなされていないと、会社の責任は重く見られる。
裁量労働制や管理監督者扱いの乱用
- 裁量労働制や「管理監督者だから残業代は払わない」などを乱用して、実質的に長時間労働を放置。
- 法的に不適切な適用だと認定され、未払い残業代請求や過労死訴訟で企業が敗訴する例が多い。
テレワークでの労働時間不明
- 在宅勤務やリモートワークでは会社が労働時間を把握できず、長時間労働や自己申告制に依存しがち。
- 労務管理ツールや定期報告、オンライン打刻などで客観性を確保しないと、会社が安全配慮義務違反を問われるリスクが高い。
弁護士に相談するメリット
- 企業側の勤怠管理整備
弁護士が労働基準法や働き方改革関連法を踏まえ、就業規則や勤怠システムの導入を助言し、違法残業やサービス残業を未然に防ぐ。社会保険労務士との連携も有効。 - 長時間労働で被災した労働者の申請支援
被災者や遺族が労災申請で業務起因性を認められるよう、弁護士が会社のタイムカード改ざんを暴く、同僚の証言を集めるなどして証拠を固める。 - 不払い残業代請求と過労死訴訟
長時間労働が判明すれば、未払い残業代をまとめて請求できる可能性がある。また、過労死や過労自殺の場合、安全配慮義務違反を根拠に高額賠償を求める裁判も弁護士が代理できる。 - 審査請求・再審査請求への対応
監督署が「業務外」として不支給を決定しても、弁護士が追加証拠や医学的意見書を揃え、審査請求・再審査請求を行い認定を覆す可能性を高める。 - 労務トラブルの総合解決
長時間労働だけでなく、ハラスメント問題や社会保険手続きの不備など複合的なトラブルにも、弁護士が一括対応し、解決までの道筋を提案できる。
まとめ
労働時間管理は、法的に定められた会社の責任であり、これを怠れば割増賃金未払いや過労死リスクを高め、安全配慮義務違反として民事・刑事上の責任を負う場合があります。
- 客観的な方法(タイムカード、ICカード、PCログなど)で厳密に管理しなければ自己申告制の過少申告が起きやすく、サービス残業や違法残業が常態化し、労基署の是正勧告・書類送検につながるリスク。
- 過労死ライン(1か月100時間超の残業など)を超える働き方を放置していれば、過労死・過労自殺が発生した際に会社が安全配慮義務違反とされ、多額の損害賠償を負う恐れが高い。
- 労働者は、自らの労働時間を記録し、万が一健康障害が生じたら、労災保険や会社への損害賠償請求を行う手段を確保することが重要。
働き方改革が進んだ今こそ、会社と労働者が適正な労働時間管理を共有し、健康で安心して働ける環境を整備することが求められています。もし疑問やトラブルがあれば、弁護士などに早めに相談し、法的観点からのアドバイスとサポートを得ることもご検討ください。
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