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労災における後遺障害と逸失利益

労災における後遺障害と逸失利益

はじめに

労働災害(労災)は、日々働く人々にとって避けたい事故でありながら、残念ながら発生することがあります。特に、労災によって後遺障害を負ったり、最悪のケースでは死亡に至った場合、労働者やその家族は大きな経済的損失を被ります。このような場合、労災保険制度による最低限の補償を受けることができますが、それだけでは不十分なことも少なくありません。そこで、労災により失われた将来の収入を補償する「逸失利益」を適切に請求することが重要になります。

本稿では、労災における後遺障害と逸失利益について詳しく解説します。特に、逸失利益の計算方法や職業別の注意点、そして弁護士に相談することのメリットについて取り上げます。労災でお困りの方やその家族が、適切な補償を受けるための参考となれば幸いです。

1. 労災の後遺障害と逸失利益の基礎知識

労災の基本的な補償制度

労災が発生した場合、被災労働者やその遺族には、労災保険制度を通じて一定の補償が提供されます。労災保険は、労働者が仕事中や通勤中に事故や病気に見舞われた際に、治療費や休業補償、障害補償、そして遺族補償などを受けることができる制度です。この制度により、労働者やその家族が直面する経済的な負担を軽減し、生活の安定を図ることが目的とされています。

労災保険の適用範囲は広く、ほぼすべての労働者が対象となります。労災に対しては、労災保険が医療費を全額負担するほか、仕事を休まざるを得ない場合の休業補償や、後遺障害が残った場合の障害補償が提供されます。

しかし、労災保険が提供する補償だけでは、被災者が受けた経済的な損失を完全にカバーできない場合もあります。特に、後遺障害が残ったり、死亡した場合には、将来にわたる収入の減少が避けられないため、この点に対する補償が必要です。そこで、逸失利益という形で、労働能力が失われたことによる将来の収入を使用者に対して請求することが考えられます。

逸失利益とは?

逸失利益とは、労災によって労働能力が減少または失われた結果、将来得られるはずだった収入を指します。具体的には、被災者が労働災害を受ける前に得ていた収入を基に、将来得られたはずの収入を算出し、その差額を損害賠償として請求することができます。この逸失利益は、被災者が後遺障害を負った場合や、死亡した場合に発生します。

労災で後遺障害が残ると、その障害の程度に応じて労働能力が低下し、場合によっては労働が不可能になることもあります。このような場合、労災保険では一定の補償が行われますが、それだけでは生活を維持するのに十分でない場合が多いです。例えば、重度の後遺障害を負った場合、今後の昇給や昇進が期待できなくなるため、将来的な収入の減少が見込まれます。このような損失を補償するのが逸失利益です。

さらに、被災者が死亡した場合には、その家族が逸失利益を請求することができます。これは、被災者が生きていれば得られたであろう収入を基に計算されます。特に、家族が被災者の収入に依存していた場合、その損失は大きくなるため、適切な逸失利益の請求が必要となります。

請求条件と逸失利益の対象範囲

逸失利益を請求できる条件としては、まず労働能力が後遺障害や死亡によって失われたことが前提となります。後遺障害が認定されるためには、労働者災害補償保険法施行規則の別表1に記載された第14級以上の障害等級が必要です。この等級は、医師による診断や検査結果に基づいて決定されます。

また、逸失利益の対象範囲は広範で、労働能力の喪失によって失われた収入が含まれます。例えば、後遺障害が残った場合、事故前の収入を基に逸失利益を計算しますが、これには労働能力喪失率が重要な役割を果たします。労働能力喪失率とは、後遺障害によってどの程度労働能力が失われたかを示す指標で、障害等級に応じて一定の割合が設定されています。

逸失利益は、単に収入の減少だけでなく、将来的な昇給や昇進の可能性が失われた場合も考慮されます。たとえば、被災者が若年であり、今後のキャリアにおいて大きな成長が見込まれていた場合、その潜在的な収入も逸失利益として請求することができます。このように、逸失利益の算出には個別の事情が反映されるため、慎重な計算が求められます。

2. 逸失利益の計算方法と重要ポイント

逸失利益の計算式

逸失利益の計算方法は、被災者が後遺障害を負った場合と、死亡した場合で異なります。いずれの場合も、基礎収入、労働能力喪失率、労働能力喪失期間の3つの要素を考慮して計算されます。

まず、後遺障害を負った場合の計算式は以下の通りです。

後遺障害の場合
基礎収入額 × 労働能力喪失率 × 労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数

基礎収入額とは、被災者が事故前に得ていた平均的な収入を指します。これは、少なくとも直近1年分の収入を基に計算されます。例えば、給与所得者であれば、1年間の給与明細や源泉徴収票がこれに該当します。労働能力喪失率は、障害等級に基づき、どの程度の労働能力が失われたかを示す割合で決定されます。最後に、労働能力喪失期間とは、事故発生時から症状固定日、または67歳(一般的な就労可能年齢)までの期間を指します。

次に、死亡した場合の計算式は以下の通りです。

死亡の場合
基礎収入額 × (1 – 生活費控除率) × 就労可能年数 × 労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数

死亡の場合には、生活費控除率が適用されます。生活費控除率とは、被災者が生存していた場合に消費されるであろう生活費を控除するための割合です。この控除率は、被災者の家族構成や生活スタイルに応じて異なります。また、就労可能年数とは、被災者が事故前にどのくらいの期間働くことができたかを示す期間であり、通常は67歳までとされています。

逸失利益の計算においては、上記の式に加えて「ライプニッツ係数」という割引係数が適用されます。この係数は、将来にわたる収入を現時点で一括して受け取るために、現在価値に割り引くためのものです。

労働能力喪失率と基礎収入の計算

労働能力喪失率とは、労災によって被災者がどの程度労働能力を失ったかを示す指標で、後遺障害等級に基づいて設定されます。例えば、1級の後遺障害が認定された場合、労働能力喪失率は100%とされます。一方で、14級の場合は5%とされています。

基礎収入とは、事故前の収入を基に算出されます。給与所得者であれば、直近1年間の平均収入を基に計算されますが、場合によっては複数年にわたる収入を平均して基礎収入とすることもあります。例えば、事業所得者やフリーランスのように収入が一定でない場合、過去数年分の収入を平均して基礎収入を算出することが適切です。

また、基礎収入の算出においては、被災者の将来の昇給や昇進の可能性も考慮されます。たとえば、若年者の場合、将来的に収入が増加することが見込まれるため、将来の平均賃金を基に計算することが求められます。この点を考慮しないと、逸失利益の計算が過小評価されてしまう恐れがあります。

中間利息控除とライプニッツ係数

逸失利益を計算する際には、「中間利息控除」と呼ばれる将来の収入を現在価値に割り引く手続きが行われます。この割引には、「ライプニッツ係数」という数字が用いられます。ライプニッツ係数は、将来の収入が今支払われた場合に、その現在価値を計算するためのものであり、年齢や労働能力喪失期間に応じて異なる数値が適用されます。

例えば、20歳の若者が事故に遭い、労働能力を失った場合、その将来にわたる収入は大きなものとなりますが、これを現在価値に割り引くためにライプニッツ係数が適用されます。これにより、被災者が現時点で受け取るべき正確な金額が算出されます。

ライプニッツ係数の適用により、逸失利益の計算は公正かつ合理的なものとなり、将来の収入を現在の価値で補償することが可能になります。このため、逸失利益の計算においては、ライプニッツ係数の正確な適用が重要となります。

生活費控除率とは

生活費控除率とは、被災者が生存していた場合に消費されるであろう生活費を差し引くための割合を指します。これは、死亡逸失利益の計算において適用され、被災者が亡くなった場合、その家庭で消費されるはずだった生活費を控除するために用いられます。

生活費控除率は、被災者の家族構成や生活スタイルによって異なります。たとえば、一家の支柱となる人物が死亡した場合、被扶養者が1人であれば40%、2人であれば30%の控除率が適用されます。また、主婦や独身者の場合は30%、独身男性の場合は50%が一般的な控除率とされています。

この控除率の適用により、実際に必要となる補償額が算出されます。たとえば、独身男性が死亡した場合、50%の生活費控除率が適用されるため、基礎収入の半分が控除され、残りの半分が逸失利益として計算されます。これにより、被災者が生活していれば発生していたであろう生活費が差し引かれ、現実的な逸失利益の額が算出されます。

3. 職業別の逸失利益計算

逸失利益の計算は、被災者の職業や収入の種類によって異なります。以下では、代表的な職業別に逸失利益の計算方法を詳しく解説します。

給与所得者

給与所得者の場合、逸失利益は事故前の収入を基礎として算出されます。具体的には、過去1年間の給与明細や源泉徴収票を基に、平均的な収入を算出します。この収入が基礎収入として設定され、逸失利益の計算に用いられます。

ただし、給与所得者の中には、事故前に平均賃金を大きく下回る収入を得ていた場合もあります。このような場合、後遺障害や死亡がなければ将来的に平均賃金が得られる可能性が高いと考えられる場合には、賃金センサスに基づく平均賃金を基礎収入として採用することができます。賃金センサスは、厚生労働省が毎年発表する統計で、年齢や職業別の平均賃金が示されています。

さらに、給与所得者の場合、将来の昇給や昇進の可能性も考慮に入れることが重要です。特に、若年層の労働者の場合、今後のキャリアにおいて昇給や昇進が期待されるため、これらの要素を逸失利益の計算に反映させる必要があります。

事業所得者(一人親方など)

事業所得者の場合、逸失利益の計算は給与所得者とは異なり、確定申告で申告された収入を基に行われます。事業所得者や一人親方など、自営業者の場合、収入は経費計上などで変動が激しいことが多いため、過去数年間の平均所得を基礎収入として算出することが適切です。

事業所得者の場合、実際の収入が申告所得と大きく異なることがあります。例えば、経費を多く計上している場合、実収入が申告所得よりも高いことがあります。このような場合には、実収入を正確に把握し、それを基礎収入として逸失利益を計算することが求められます。必要に応じて、過去の所得実績を証拠として提出し、適正な計算を行うことが重要です。

また、事業所得者の場合、将来的に事業が拡大し、収入が増加する可能性も考慮に入れる必要があります。このような場合には、事業の成長予測や過去の業績を基に、将来的な収入を推定し、それを基礎収入として逸失利益を算出することが求められます。

兼業家事従事者

家事を主に担当している兼業者(主婦・主夫)の場合、逸失利益の計算には実収入と賃金センサスに基づく平均賃金のいずれか高い方が基礎収入として使用されます。例えば、家事をしながらパートタイムで働いている主婦の場合、パート収入が低い場合には、賃金センサスに基づく平均賃金を基礎収入として採用することが可能です。

この場合の平均賃金は、賃金センサスに基づき、産業別、企業規模別、学歴別、全年齢平均の賃金額を基に計算されます。例えば、主婦であっても、男性の平均賃金を参考に計算することができる場合があります。このように、兼業家事従事者の逸失利益の計算は、性別や労働形態に応じて柔軟に行われるべきです。

さらに、兼業家事従事者の場合、家事労働の価値も考慮されることがあります。家事労働は、一般的には無償で行われることが多いですが、その労働価値は無視できません。家事労働の価値を金銭的に評価し、それを逸失利益の計算に加えることも可能です。

高齢者や学生

高齢者の場合、実収入を基に逸失利益を計算することが一般的です。高齢の労働者であっても、事故前に得ていた収入を基に逸失利益を算出します。例えば、退職後であれば年金受給が予定されているため、その年金収入も考慮に入れることが求められます。

また、学生の場合、逸失利益の計算はやや複雑になります。学生アルバイトやパートタイム労働者の場合、現時点での収入だけでなく、将来的な就職や進学の予定を考慮して逸失利益を算出することが求められます。例えば、大学卒業後に就職することがほぼ確実である場合、大卒の平均賃金を基礎収入として採用することも考えられます。

さらに、専門教育を受けている場合には、その分野での平均賃金を基に逸失利益を算出することが適切です。例えば、工業高校や高等専門学校で技術職の教育を受けている場合、技術職の平均賃金を基に逸失利益を計算することも考えられます。このように、学生の場合には、将来の進路を見越して逸失利益を算出することが重要です。

4. 弁護士に相談するメリット

逸失利益の請求や労災に関する手続きは、複雑であり、個人で対応するのは難しい場合があります。そこで、弁護士に相談することが有効です。以下では、弁護士に相談するメリットについて解説します。

専門知識と経験に基づくアドバイス

労災に関する法律や保険制度は、複雑で多岐にわたります。逸失利益の計算には、労災保険制度や民法に基づく損害賠償の知識が必要です。弁護士に相談することで、法律に基づいた専門的なアドバイスを受けることができます。

特に、後遺障害等級の獲得や逸失利益の請求には、専門家のサポートが不可欠です。等級の認定には、医師の診断書や検査結果が必要ですが、これを適切に取得し、提出するためには、専門知識が必要です。弁護士は、これらの手続きをスムーズに進めるためのアドバイスを提供し、被災者が適切な補償を受けられるように支援します。

また、労災保険の申請手続きや、労働基準監督署との交渉など、複雑な手続きが多く含まれます。弁護士に相談することで、これらの手続きを円滑に進めることができ、被災者やその家族の負担を軽減することができます。

適切な損害賠償額の確保

弁護士は、損害賠償請求のプロフェッショナルです。会社や保険会社との示談交渉において、被災者にとって最適な損害賠償額を確保するために尽力します。示談交渉は、被災者と会社や保険会社との間で行われることが一般的ですが、被災者が個人で交渉を行う場合、相手側に対して不利な条件で合意してしまうことが多いです。

弁護士が代理人として交渉に参加することで、被災者に有利な条件を引き出し、適切な損害賠償額を確保することが可能になります。また、弁護士は、訴訟になった場合でも、被災者を代理して法廷での戦いを行います。これにより、被災者が十分な補償を受けるためのサポートを受けることができます。

さらに、弁護士は、被災者が知らない権利や制度についても詳しく説明し、それを活用するための具体的な方法を提案します。これにより、被災者が最大限の補償を受けるための道筋を示し、必要な手続きを迅速かつ確実に進めることができます。

複雑な手続きのサポート

労災保険の申請や損害賠償請求に関わる手続きは、多岐にわたり、専門知識がないと正確に進めることが難しい場合があります。弁護士に依頼することで、これらの手続きを迅速かつ確実に進めることができます。

労災保険の申請手続きには、詳細な書類の提出や、労働基準監督署との連絡が必要です。これらの手続きは、被災者にとって大きな負担となることがあります。弁護士が代理人として手続きを進めることで、被災者やその家族が安心して治療や生活に専念できる環境を提供します。

また、損害賠償請求においては、相手方との交渉や、場合によっては訴訟手続きが必要となることがあります。これらの手続きは、非常に複雑であり、専門知識がないと適切に進めることが難しいです。弁護士に依頼することで、これらの手続きがスムーズに進み、被災者が適切な補償を受けられるように支援します。

さらに、弁護士は、被災者やその家族にとって最適な解決策を提案し、問題解決に向けた戦略を立てることができます。これにより、被災者が直面する困難な状況を乗り越え、生活の再建に向けて一歩を踏み出すことができるようになります。

5. まとめと結論

労働災害で後遺障害を負ったり、最悪のケースとして死亡に至った場合、逸失利益の請求は被災者やその家族の生活を守るために非常に重要です。しかし、逸失利益の算出は複雑であり、正確に計算しなければ適正な補償を受けられない可能性があります。また、損害賠償請求の時効も存在するため、早期に行動することが求められます。

弁護士法人長瀬総合法律事務所では、労災に関する専門的な知識を持った弁護士が、被災者とその家族の権利を守るために全力でサポートいたします。労災に遭われた方は、ぜひ早めにご相談ください。適切なアドバイスを受けることで、将来にわたって十分な補償を受けられるようにサポートいたします。

この記事を書いた人

⻑瀬 佑志

⻑瀬 佑志

弁護士法人「長瀬総合法律事務所」代表社員弁護士(茨城県弁護士会所属)。約150社の企業と顧問契約を締結し、労務管理、債権管理、情報管理、会社管理等、企業法務案件を扱っている。著書『コンプライアンス実務ハンドブック』(共著)、『企業法務のための初動対応の実務』(共著)、『若手弁護士のための初動対応の実務』(単著)、『若手弁護士のための民事弁護 初動対応の実務』(共著)、『現役法務と顧問弁護士が書いた契約実務ハンドブック』(共著)、『現役法務と顧問弁護士が実践しているビジネス契約書の読み方・書き方・直し方』(共著)ほか。

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