【騒音・振動による障害】聴力損失や振動障害をめぐる労災と会社の責任
はじめに
「工場内の騒音がひどく、耳鳴りが消えなくなった」「建設機械の振動作業を長年続けていたら手指の感覚が麻痺してきた」こうした症状は、騒音や振動が原因の職業病である可能性があります。
日本の産業界では、騒音レベルの高い機械設備が未だに多く、また道路工事や林業・土木工事などで振動工具(チェーンソー、削岩機、振動ドリルなど)を使う職場では、振動障害が大きな問題となってきました。
これらの障害は長年かけて進行することが多く、会社が耳栓や防音装置、防振手袋や休憩時間の確保などを適切に実施していないと、労働災害(労災)として認定される可能性が高まります。
本稿では、騒音・振動による障害の代表例や発症メカニズム、労災認定の基準、会社の安全配慮義務や責任、そして具体的な予防策や事故・疾病発生後の対処法を解説します。耳や手足の感覚に異常が出ても、「年のせい」や「私生活のせい」として放置されるケースが少なくありませんが、業務上の問題である可能性をしっかり検証することが大切です。
Q&A
まず、騒音・振動による障害について、よくある疑問をQ&A形式で簡単にまとめます。詳細は後述の「.3解説」で掘り下げます。
Q1.騒音が原因の耳鳴りや難聴は労災認定されるのですか?
はい。一定の騒音レベル(騒音障害防止のための安全基準)を超えた環境で長期間働いた結果、聴力に障害が生じた場合は労災認定されることがあります。会社が耳栓や防音対策を怠っていたかどうかも検討材料になります。
Q2.振動障害とは何ですか?
振動工具(チェーンソー、削岩機など)を操作することで、長時間手指に振動が加わり、血行障害や神経障害が起きて手足のしびれ、感覚鈍麻などを生じる病気です。振動病と呼ばれることもあります。
Q3.自分の聴力低下が加齢なのか仕事のせいなのか分かりません。どう判断されるの?
医師による聴力検査や、騒音レベルの測定結果、勤務期間・作業環境などを総合的に考慮して判断します。会社が実施する特別健康診断の結果なども重要な証拠となりえます。
Q4.会社が「耳栓は渡していたのだから自己管理不足」と言ってきましたが?
たとえ耳栓を配布していても、その騒音レベルに見合う防音装置なのか、正しく着用させていたのか、会社が十分な教育や管理をしていたかが問われます。単に渡すだけで労働者任せだったなら、安全配慮義務違反を免れないケースがあります。
Q5.聴力障害や振動障害は治る病気なのでしょうか?
症状の程度によりますが、一度損なわれた聴力や神経感覚は元に戻りにくい場合が多いです。早期発見と作業環境の改善が重要で、放置すると症状が進行し、慢性化する恐れがあります。
解説
ここからは、騒音障害と振動障害を中心に、その原因、発症メカニズム、労災認定の要件、会社の責任や具体的な対策などを深く見ていきます。
騒音による障害(騒音性難聴・耳鳴りなど)
騒音性難聴の特徴
- 長時間、高音量の音(85dB以上)にさらされる環境で働くと、内耳の有毛細胞がダメージを受け、感音性難聴や耳鳴りを起こしやすい。
- 初期症状は聞き取りづらい周波数帯が限られ、本人も気づきにくいが、進行すると会話が困難になるほどの聴力低下が生じる。
代表的な職場環境
- 自動車整備工場、金属加工工場、航空機整備、鉄道関連など、騒音レベルが高い機械を扱う現場。
- 建設現場、採石場、鉱山などでも大型機械や爆破作業による騒音が問題に。
労災認定のポイント
- 騒音暴露レベルと期間:作業環境測定で85dBを大きく超える状態、またはピーク騒音が非常に高いか。
- 特別健康診断(聴力検査):会社が実施しているか、結果を放置していなかったか。
- 医師の診断書:「騒音が原因である可能性が高い」との所見が重要。
振動による障害(振動病・振動障害)
振動障害の仕組み
- 振動工具や重機を長時間操作することで、手指や腕に微細な振動が恒常的に伝わり、血管・神経・筋肉に障害を引き起こす。
- 典型的な症状として、レイノー現象(寒い環境や振動刺激で手指が白く変色し、しびれや痛みを伴う)、指先の感覚麻痺、握力低下、慢性疼痛などがある。
代表的な使用工具・作業
- チェーンソー、削岩機、電動ハンマー、振動ドリルなど。
- 林業、道路工事、解体工事、建築・土木工事、採掘作業などでの使用頻度が高い。
労災認定のポイント
- 振動障害は手・腕に対する振動の大きさ(m/s^2)や作業時間、勤務年数などを総合的に評価して認定される。
- 会社が防振手袋や休憩シフトなどの予防策を怠っていれば、安全配慮義務違反が疑われる。
労働安全衛生法における規定と会社の義務
騒音障害防止
- 規則で85dBを超える作業場では耳栓・イヤーマフなどの保護具着用が必要。
- 局所排気や防音装置の設置、作業環境測定の実施、定期的な聴力検査が義務づけられている。
振動障害防止
- 振動工具の選定:防振機能のある最新機器を採用する。
- 作業時間管理:1日の使用時間を制限、休憩をこまめに入れる。
- 防振手袋、防振グリップの支給・正しい使い方の教育。
- 特別健康診断:林業、土木など振動作業者には振動障害予防のための健診を行う。
会社の安全配慮義務違反と責任
予防措置の不備
- 耳栓を配布せずに騒音作業をさせ続けた、または配布だけで着用チェックをしない。
- 防振手袋を用意せず、長時間振動作業を強いた。
- 作業環境測定を行わない、健康診断結果を放置するなど。
このような状況で労働者に障害が発生すれば、会社の安全配慮義務違反が認められ、労災保険+損害賠償請求が検討される。
設備投資や教育の怠慢
- 「コストがかかる」「手間が増える」という理由で防音室や防振装置を導入しない。
- 従業員に正しい防音・防振対策を教えず、自己流で作業させる。
こうした企業姿勢は、万が一被災者が損害賠償を請求した際に大きな責任追及を受ける可能性が高い。
発症・発覚時の対処法
- 医療機関で診断
聴力検査、レイノー現象の有無など専門医の検査を受け、業務上の原因が強いと考えられるなら診断書を発行してもらう。 - 会社への報告
「いつから症状が出て、どのような作業をしていたか」を具体的に伝え、労災申請の準備を依頼する。非協力的でも個人で監督署に申請可能。 - 労災保険手続き
療養補償給付(治療費)、休業補償給付、障害補償給付などを申請。 - 再発防止策の提案
作業時間の短縮、防音対策や防振対策の導入、健康診断の強化などを会社に促す。 - 損害賠償請求
安全配慮義務違反が明白な場合、逸失利益や慰謝料などを会社に求めることを検討。弁護士に相談して示談交渉や裁判手続きへ進む場合も。
弁護士に相談するメリット
- 業務起因性立証のサポート
騒音・振動障害はじわじわ進行するため、「本当に仕事が原因か」を争われやすい。弁護士は作業環境や健康診断結果、医師の所見を整理し、監督署への説得力ある主張を構築する。 - 会社との交渉
会社が「自己責任」を強調する場合でも、法的根拠を示しつつ、安全配慮義務違反を指摘し、損害賠償や改善策を引き出す示談交渉を代理で行ってくれる。 - 不支給決定への異議申立
労災保険が不支給判断したとき、弁護士が審査請求・再審査請求の手続きをサポートし、追加証拠の収集や意見書作成を行って認定を目指す。 - 専門医や産業医との連携
騒音性難聴や振動病は専門医の診断が重要。弁護士が医師との連携を取り、依頼者に必要な意見書や証明書を効率的に取得できるよう助言を行う。 - 企業側の予防法務
企業が弁護士に相談し、防音室や防振対策の導入、作業時間管理の改善などを行うことで、将来の労災リスクと賠償リスクを低減できる。
まとめ
騒音・振動による障害は、長年の作業で気づかないうちに進行し、生活の質を大きく損なう恐れのある職業病です。
- 騒音性難聴や耳鳴りは耳栓や防音装置の不備、無頓着な姿勢によって悪化しやすい。
- 振動障害(振動病)は振動工具を扱う現場での休憩不足や防振対策の怠慢が主因となる。
いずれの場合も、作業環境測定や健康診断を行わず、労働者任せの対策しかしていない会社が多いところに問題が潜んでいます。万が一障害を発症したら、業務起因性が認められれば労災保険で補償され、さらに安全配慮義務違反として会社に対する損害賠償請求も検討できます。
早期発見・早期対策が鍵であり、「ただの加齢」と思い込みがちな症状にこそ注意が必要です。少しでもおかしいと感じたら、医療機関で診断し、会社や監督署に相談するとともに、専門家(弁護士法人長瀬総合法律事務所など)にアドバイスを求めることをおすすめします。
動画のご紹介
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