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【感染症リスク(医療・介護現場など)】職場でのウイルス・細菌感染と労災対応、会社の義務

はじめに

医療・介護の現場では、血液を介した感染症や飛沫感染症をはじめ、感染リスクが常に存在しています。例えば、看護師が注射針で自分を刺して血液感染症にかかったり、介護職員が入居者のインフルエンザやノロウイルス、COVID-19(新型コロナウイルス)などに感染したり、といった事故は決して珍しくありません。

これらの感染症は、業務上の接触や環境が原因であると立証できれば、労働災害(労災)として補償を受けることが可能です。医療・介護施設には感染防止策を講じる法的義務があり、手袋やマスク、防護服などの保護具を支給する、防疫マニュアルを整備するといった安全配慮を行わなければなりません。

本稿では、医療・介護現場で想定される感染症リスクの種類、労災認定の基準、会社(病院・施設)の安全配慮義務、そして実際に感染症が発生した場合の対応や予防策について解説します。「感染症は自己管理の問題だ」と片づけられがちですが、適切な予防と業務上の責任の区別を理解しておくことが大切です。

Q&A

以下は、医療・介護現場での感染症に関して、よくある疑問をQ&A形式でまとめたものです。詳細は後述の「.3 解説」で掘り下げます。

Q1:注射針で刺してしまい、患者が持つウイルス(B型肝炎、HIVなど)に感染した場合は労災?

はい。注射針による血液感染は、典型的な業務上の事故として労災認定される可能性が高いです。会社(病院)が針刺し防止策や適切な手順を指導していなかった場合、安全配慮義務違反も問われるでしょう。

Q2.インフルエンザやノロウイルスなど、一般的に流行する病気でも労災になるの?

一般的に流行する感染症の場合、「業務上の特別な感染リスクがあったか」が認定のポイントです。医療・介護現場で患者と濃厚接触するなど明確な業務起因があれば労災が認められる可能性があります。

Q3.COVID-19(新型コロナウイルス)で病院勤務中に感染したら労災?

厚生労働省は、医療従事者など感染リスクの高い環境で働く人がCOVID-19に感染した場合、業務上外が明らかでない限り労災認定を行うとする方針を打ち出しています。詳細な調査で業務起因性が認められれば、労災となります。

Q4.会社が「感染は個人の不注意」と言って労災申請に協力してくれない場合、どうすればいい?

労災保険は労働者本人が直接、労働基準監督署に申請できます。会社が非協力的でも申請を諦める必要はありません。弁護士などの専門家に相談し、証拠を整理して監督署へ申請する方法があります。

Q5.病院・介護施設の感染防止対策はどこまで義務づけられている?

労働安全衛生法や各種ガイドラインで、標準予防策(スタンダードプリコーション)・マニュアル整備・定期的な衛生教育などが求められています。防護具の支給や患者動線の分離など、施設側が主体的に対策しなければ安全配慮義務違反に問われる可能性があります。

解説

ここでは、医療・介護現場での感染症リスクを中心に、具体的な感染経路や労災認定の仕組み、会社(病院・施設)の責任、発症時の対処法を体系的に解説していきます。

医療・介護現場で想定される主要な感染症

血液媒介感染症(B型肝炎、C型肝炎、HIVなど)
  • 針刺し事故や切創事故によって患者の血液が体内に入ることで感染。
  • 手術室や採血業務、注射器取り扱いなど、針や刃物を使う業務に従事する看護師や医師、検査技師がリスクにさらされる。
飛沫・接触感染症(インフルエンザ、ノロウイルス、コロナウイルスなど)
  • 患者との濃厚接触、嘔吐物・排泄物の処理、唾液や鼻水に触れる介護行為などを通じて感染が広がる。
  • 高齢者施設や病院では、クラスターが発生しやすい環境。
結核・麻疹・水痘など空気感染症
  • 感染力が強く、空気中を漂う病原体を吸い込んで発病。
  • 特定の病棟(感染症専門病棟)や予防管理が不十分な施設で流行。
コロナウイルス(COVID-19)に関する特例
  • 厚生労働省は、医療従事者や介護職員などが業務上でCOVID-19に感染した場合、原則として労災保険の給付対象とする方針を公表。
  • 病院内でクラスターが発生し、看護師が感染し重症化したケースが実際に労災認定された例もある。

労灿保険と感染症リスク

業務上外の判断

労災認定では、業務起因性があるかどうかが最大のポイント。感染症は一般社会でもあり得るため、「仕事中の接触」であることをどの程度立証できるかが問われる。

  • 医療・介護現場は、患者や利用者との接触が通常業務であり、感染症も業務上のリスクが高いと考えられる。
  • 一般的なインフルエンザでも、病棟で罹患患者の世話をしていたなど、明確に業務と関連付けられれば認められる可能性あり。
注射針刺し事故の扱い
  • 針刺し事故による血液感染は、典型的な業務災害として労災認定されやすい。
  • B型肝炎・HIVなどに陽性反応が出れば、感染経路が当該針刺し事故であると診断書や検査結果が示すだけでも大きな証拠となる。

会社(病院・施設)が負う安全配慮義務

標準予防策(スタンダードプリコーション)の実施
  • すべての血液・体液が感染源となり得るとの前提で、手袋・マスク・ゴーグルなどの個人防護具(PPE)を適切に使用。
  • 針刺し防止のための安全機能付き針・注射器の導入、廃棄手順の徹底。
院内感染対策マニュアルの整備
  • 患者動線の分離、消毒や清掃手順のマニュアル化、スタッフへの周知。
  • インフルエンザ流行期やノロウイルス発生時のゾーニングや隔離対策。
健康管理と定期検査
  • B型肝炎や結核など、感染症リスクの高い業務従事者に定期検査抗体検査を実施する。
  • 発熱や体調不良があるスタッフには速やかな休養や検査受診を促し、二次感染拡大を防ぐ。
教育・訓練
  • 衛生手袋やマスクの正しい着脱方法、針刺し時の緊急対応、濃厚接触があった場合の報告ルールなどを周知徹底。
  • 新人やパートタイムスタッフにも同レベルの教育を行う必要あり。

感染が発生した場合の対応

医療機関の受診と感染経路調査
  • 感染症状が出たら、直ちに医療機関で検査・診断を受ける。
  • 業務上感染が疑われる場合、どの患者や利用者が感染源か、どんな経路だったのかを調査し、労働基準監督署に報告する。
労災保険申請
  • 療養補償給付(治療費)、休業補償給付(休業中の賃金補償)などを請求。
  • 会社が非協力的でも、被災者本人が監督署に直接申請できる。
  • 感染が長期化・後遺症化した場合、傷病補償年金や障害補償給付の対象になることもある。
会社の責任追及
  • 針刺し防止策、感染管理マニュアル、防護具の支給などを怠っていたと判明すれば、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求が考えられる。
  • クラスター対策や濃厚接触者管理を行わずに放置していたケースでは、行政処分や社会的責任も問われやすい。

弁護士に相談するメリット

  1. 業務起因性の明確化
    感染症は「どこで誰から感染したか断定しにくい」ことが多い。弁護士は、勤務シフトや担当患者の感染履歴、カルテ記録などを収集し、業務との因果関係を整理するサポートを行う。
  2. 会社が非協力的な場合の対応
    「私生活で感染した可能性もある」と主張され、労災手続きを妨害される場合でも、弁護士が代理人として監督署への申請や、必要な証拠確保を行い、被災者の権利を守ってくれる。
  3. 損害賠償請求の検討
    安全配慮義務違反が明らかな医療機関・介護施設に対して、逸失利益や慰謝料の支払いを求める示談交渉や裁判手続きで、弁護士が代理人となりスムーズに交渉を進められる。
  4. 不服申立・再審査請求
    労働基準監督署が不支給を決定した場合、審査請求や再審査請求で争う道があり、弁護士の専門知識が認定を覆す可能性を高める。
  5. 予防法務・施設側支援
    施設経営者が弁護士に相談し、感染対策マニュアルや衛生ルールを見直すことで、法的リスクと感染リスクを最小化する予防法務も行われている。

まとめ

医療・介護現場での感染症リスクは、針刺し事故などの血液感染から飛沫・接触感染、さらには空気感染まで多岐にわたり、一度発生するとクラスター化して職場全体に大きな影響をもたらすことがあります。

  • 看護師や介護職員は日常的に患者と密に接し、体液や呼気に接触するリスクが高い。
  • 病院・施設は労働安全衛生法で定められた感染防止策、保護具の支給、衛生教育などを適切に行う義務がある。
  • もし感染が発生して労働者が病気になった場合、業務上の原因が認められれば労災として認定され、療養補償や休業補償が受けられる。会社が予防策を怠っていれば安全配慮義務違反として損害賠償を請求できる可能性もある。

「感染は自己責任」と言われることも少なくありませんが、医療・介護職は職業上の特殊なリスクにさらされているという観点を理解し、万が一の際には弁護士法人長瀬総合法律事務所などに相談して、労災手続きや損害賠償交渉を適切に行うことが重要です。感染症は目に見えない敵だけに、制度と知識を駆使してしっかりと権利を守りましょう。

動画のご紹介

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この記事を書いた人

⻑瀬 佑志

⻑瀬 佑志

弁護士法人「長瀬総合法律事務所」代表社員弁護士(茨城県弁護士会所属)。約150社の企業と顧問契約を締結し、労務管理、債権管理、情報管理、会社管理等、企業法務案件を扱っている。著書『コンプライアンス実務ハンドブック』(共著)、『企業法務のための初動対応の実務』(共著)、『若手弁護士のための初動対応の実務』(単著)、『若手弁護士のための民事弁護 初動対応の実務』(共著)、『現役法務と顧問弁護士が書いた契約実務ハンドブック』(共著)、『現役法務と顧問弁護士が実践しているビジネス契約書の読み方・書き方・直し方』(共著)ほか。

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